「重力ピエロ」〜お気に入り作家との出会い〜

以前この日記に、読書というのも一種の出会いだ、ということを書いたことがありました。世の中には沢山の作家さんがいて、沢山の本があるわけですけど、その中で、自分のお気に入り、といえる本や作家に巡り会う、というのは中々難しいこと。図書館の書棚や本屋さんの店頭でぶらぶら見ながら、面白そうだな、と思う本を手にとって、帯の紹介文や、冒頭の文章や、目次なんかを眺めながら選んでいく。よし、じゃあ読んでみよう、と思って、借り出したり購入したりして、実際に読んでみて、まぁ大したことなかったね、なんてことはよくあること。

映画と同じで、わりと大甘の読者なので、どんな本でも面白がって読んでしまうんですけど、「この作家の別の作品も読んでみたいな」と思わず思ってしまう・・・というのは意外と少ないです。この日記に書く書評でも、「他の作品も追いかけてみたい」とよく書くのだけど、実際に追いかけてみるケースは結構少ない。

そういう時に一つの指標となるのが、色んな文学賞なわけだけど、個人的には、直木賞はちょっと当たりはずれがある気がしてます。芥川賞受賞作ってのも最近あんまり追いかける気がしないんだよね。ちょっと先鋭的すぎてついていけない感じがあって・・・そんな中で、割と「いいかな」なんて思うのが、「本屋大賞」というやつ。これでアンテナにひっかかかった「博士の愛した数式」以来、なんとなく信用している賞の一つ。

もう一つ、多分大事な要素が本のタイトル。本のタイトルだけでぐっと惹きこまれる作家、というのがいて、コピーライター的なセンスが素晴らしいんだろうな、と思います。村上春樹さんなんか、どの書名を見てもワクワクするけど、大江健三郎さんの本のタイトルもすごく豊穣なイメージを伝えてきてくれる。大好きな池澤夏樹さんの本のタイトルもどれも素敵ですよね。

というわけで(すみません、前置きが長くて)手に取ったのが、伊坂幸太郎さんの「重力ピエロ」。伊坂さんが本屋大賞を取ったのは、「ゴールデンスランバー」という別の本なのだけど、「重力ピエロ」は、そのタイトルが気に入って思わず購入。先日読了。実に心地よい。

どこかしら衒学的でさえある洒落た文章やユーモアには、村上春樹的な乾いた視点も感じますけど、この本の印象をもっと柔らかい、優しいトーンに染め上げているのは、ここで描かれる家族の肖像の素晴らしさ。歪んだ形で生まれた家族でありながら、その家族を生み出した性というプロセス、その象徴としての遺伝子、という即物的な要素を全部ぶっちぎって、「俺たちは最強の家族だ」と言い切ってしまう強固な精神。そういう心の絆だけで、どんな家族よりも強くつながっている親子像。それは一種の理想形ではあるのだけど、その理想形を幻想としてではなく、きちんとリアルに描き出している所に、この小説の最大の魅力を感じます。

そういう理想的な両親の描写と、その両親に対する愛情の描写が、主人公たちを非常に人間臭くしている。ちょっと設定を変えれば、割とよくあるハードボイルドミステリーにまとめてしまうことも出来た気がするのだけど、あえてそうしないで、家族の絆、という若干ウェットな要素をふりかけたことで、主人公たちの一種「非常識」ともいえる美学がとても説得力のあるものになった。

主人公たちの行動規範には、一本のスジがしっかり通っていて、伝統的なハードボイルド小説の主人公たちを彷彿とさせます。そのスジは、いささか通常の社会通念や常識からハズレているのだけど、前述のような設定がそれをムリと感じさせない。彼らの美学からすれば、自分の周りをしつこく付きまとうストーカーの女性すら、(性の対象にはなりえないとしても)それなりの愛情をもって受け入れられる存在になる。その代わり、暴力的な性に対しては無条件の嫌悪感と敵意が向けられるわけですが。

ある程度先が読める展開で、驚天動地の大どんでん返し、なんてのを期待すると間違います。でも、とても耳に心地よい優しい調べで、じんわりと心の奥底に届いてくる。一種木管系の音楽のような、柔らかな感覚が実によい。ということで、早速伊坂さんの他の作品も買い込んでしまいました。この「重力ピエロ」、近々映画化されるそうだけど、両親が小日向文世さんと鈴木京香さんですってね。私的には非常にしっくりくるキャスティングだなぁ。