最近読んだ本を何冊かまとめて

最近読んだ本を何冊かまとめて。

「犬の力」(ドン•ウィズロウ)
かなり以前から購入していたのだけど、ちらっと見た書評で、とにかく暴力描写が半端ない、という書評があって、若干飛び込むのに躊躇していたドン•ウィズロウの長編。飛び込んでしまえばいつもの通り、ぐいぐい最後まで全力疾走させられてしまうのだけど、今回は疲労感が半端なかった。読後感も決していいとは言えない、でも間違いなく、一読の価値のある力作。

とはいえ読むのにかなりの覚悟が必要なのは、米国の経済力にたかる寄生虫のような麻薬ビジネスの裏に、圧倒的な経済格差を背景にして南米を振り回す米国の政治的エゴが横たわっているという構図を、汗ばむような熱気で描き切ってしまう筆力と、それを支える怒り。麻薬が南米で大量生産され、それが米国に流れ込んで生じた富が、南米の反共勢力の資金源として米国政府から黙認される、とか、あまりにグロテスクで喜劇的ですらある。

登場人物が共通して持つ個人的な激しい怒り、復讐心、そしてグロテスクな現実への作者自身の破壊衝動、一貫した憤怒。そういう非常にネガティブなパワーで疾走して行く圧倒的な物語。そういう意味では、同じようにバイオレンスを表現の中心に置いている北野武の映画にもある破壊の美学も感じるけど、北野武の破壊衝動が自殺衝動のような個人的な域を出ない感覚なのに対して、ドン•ウィズロウの怒りは強大な政治の持つグロテスクさに向けられていて、そこから生じる嫌悪感は半端なものではない。

もちろん、希代のエンターテナーでもあるドン•ウィズロウは、全く救済のない泥沼のような物語にはしていなくて、疾走の先に小さな救いを用意してくれていたりする。とはいえ、描かれる現実の醜さに暗澹たる思いになるのは確か。そこまで極端ではないけど、中東やインドで絶えない集団レイプ殺人を描いた「名誉の殺人」とか、奴隷制度の現実をカルトなまでに克明に描いた「マンディンゴ」の感想文を読んだ時の気分に似ている。新聞に出てた書評とか見ただけで気分悪くなったもんなぁ。とても本編を読む気になれないけど、それが現実なのだと突きつけられた不快感。

「オー!ファーザー」(伊坂幸太郎
「ハル さん」(藤野恵美

二つ並べて書いちゃうのは、この二冊が共に理想の父親像について描かれているから。描き方も、描かれる父親像もまるっきり対照的なのだけど、理想像であることに変わりはない。

伊坂さんの作品は、例によって非常に知的に組み上げられたパズルのような物語で、4人の父親、という設定も、記号のように整理されている。知力、性的魅力、直感力、体力、と記号化された父親たちは、それぞれの立場でそれぞれの箴言を口にする。記号化され、戯画化されている分、それぞれの箴言は伊坂流のユーモアに満ちた極論になるのだけど、どこかに一本筋が通っているような気になる、その絶妙な間合いが素晴らしい。その一本通った筋が、絶対あり得ないお話のリアリティをギリギリ支えている、そのバランス感覚。

結果的に4人でまとまった父親たちは、ほとんどスーパーマンのような大活躍で主人公を救い出す「理想の父親」になる。ジュブナイルとしても楽しめるなぁ、と、娘に読ませようとしたら、そんなわけわからん設定の本を読ませるな、と女房に怒られた。

女房が以前買ってきていて、キミが読んだら確実に泣く、と太鼓判を押した「ハルさん」、そのまま手を出さずに我が家の本棚にあったのですけど、啓文堂の文庫大賞に選ばれた、と聞いて、手に取る気になりました。「犬の力」で傷ついた心を癒してくれるような、あまりにも優しい本。

その前に読んだ、「さよならドビュッシー」が、書評を書く気にもなれないほど不幸と悪意に満ちたミステリーだったのに対して(登場人物の全員が不幸になるお話って、どうよ)、この本の登場人物の善意に満ちていることったら。その善意と、すれ違いが産む謎、そしてそれが解決された時の安堵感、何もかもが癒しに満ちている。この本の弱点はそこにあって、どこか現実離れしてくるんだよね。「オー!ファーザー」みたいな極端な設定はどこにもないのに、何だか虚構性が強くなってくる。そんなに世の中甘くないだろう、という気になる。ただ、作家ご本人が、書くことは祈りに似ている、と書いているように、いいじゃない、とも思う。設定含めて、こうあって欲しい、世界がこんな温かな善意に満ちていたら、どんなに素敵だろう、と思いながら読めばいい。北村薫さんのように、現実の悪意に立ち向かう人間の健気さを描くことで、人間への信頼を祈りに昇華させるような、そこまでの完成度はない。

ハルさんの設定って、Papa told meの信吉さんに似てるなぁ、と思いました。女性にモテるところだけが違うけどね。一つの理想形なのかなぁ。愛情を奪い合う対象の母親は早逝して、バリバリ仕事して家庭を省みないわけでもない在宅労働者、しかも世間にも認められるクリエイター。うーむ、ファンタジー

と言いながら、最後の結婚式のシーンでは、通勤電車の中なのにやっぱりウルウルしてました。バージンロードなんか歩きたくないなぁ。神前式とか、仏式にしてくれんかなー。