パフォーマンスにおける「笑い」あるいは「諧謔」のパワー

最近あんまりBABYMETALやさくら学院のことをこの日記に書いてなかったんですが、久しぶりに。最近の彼らのパフォーマンスを見てちょっと思ったことを。

先日のBABYMETAL幕張2Daysで、初めてライブ披露された「Oh! MAJINAI」と「BxMxC」が、欧米も巻き込んで無茶苦茶盛り上がっているみたいですね。前者はSABATONのボーカリスト Joakim Brodénが増殖してコサックダンスを踊るインパクトMAXの映像、後者は巨大なフォントの漢字がスクリーンに踊る映像をバックにすぅさんが聞かせるラップの完成度の高さが話題なんだけど、両者に共通するのは、なんだか笑えるユーモアあふれるパフォーマンスになっている所のような気がしています。

自分的には、以前のBABYMETALのパフォーマンスですごく好きだったのが、そこかしこに溢れるユーモアだったんですよ。TOKYO DOMEの冒頭に流れたシンゴジラのパロディ映像もそうだし、「ド・キ・ド・キ☆モーニング」「いいね!」「おねだり大作戦」みたいなユーモアとキュートさが前面に押し出された楽曲はもとより、代表曲の「イジメ、ダメ、ゼッタイ」や「ギミチョコ!」にしても、ゆいもあのスクリームパートに現れるちょっと笑えるフレーズが曲にキュートさを加えていて、それが逆に、曲の持っている真っ直ぐなメッセージを胸にじわっと届けてくれるような感覚があって、この人たちは確信的にこういうことをやってるな、と思ってたんです。

「笑い」あるいは「諧謔」というのは、既成概念や時代の束縛を破壊するパワーを持っていて、それは世紀末パリを席巻したオッフェンバックが自作のオペレッタで、当時の最高権力者であるナポレオン三世を徹底的に戯画化して笑い飛ばした頃から変わらない。既存勢力が目くじら立ててくれば、「だんな、洒落ですよ洒落。洒落が分からないとはだんなも無粋だねぇ」なんて笑いに紛らせてごまかしてしまう。でも、その笑いの裏にあるメッセージ性の強さや、音楽に対する真摯な姿勢や課題認識は、確実に既成概念を破壊し、次の時代を開く力になっていく。

BABYMETALがMETALの既成概念を突破した要因は沢山あると思うんですけど、その中の一つに、この「諧謔性」「ユーモア」、という要因もあったんじゃないかな、と思うんです。本気のMETALサウンドと、三姫のアイドル性をつなぐ接着剤としても、この「ユーモア」という要素はすごく重要な役割を果たしていた気がする。その「ユーモア」がちょっと後退してしまって、もっとシリアスな、未来へ前進する強い意思のようなものが前面に出てきていたのがDARK SIDE時代で、あの頃のパフォーマンスにはどこか、ユーモアや笑いが入り込む余裕がなくて、もっと切羽詰まった緊張感と、それが生み出すパワーに満ちていた気がします。「Elevater Girl」には若干そういう諧謔性が現れているんだけど、DARK SIDE時代にはこの楽曲も非常にパワフルな楽曲としてパフォーマンスされていた気がします。

METAL GALAXYが投下されて以降、その代表作になる「PA PA YA!!」あたりから、ちょっと以前のユーモアが垣間見えるようになってきて、それがある意味爆発したのが「Oh! MAJINAI」だった気がするんですよね。METAL GALAXY発表後のインタビューで、すぅさんが、「一番好きな曲は?」と聞かれていて「Oh! MAJINAI」と答えていて、この人はこの曲の破壊力と、この曲が持っているMETALとIDOLとユーモアのバランスの良さが分かってたのかなぁ、と思う。

そういう意味でも、Avengersシステムを取り入れた最近のBABYMETALのパフォーマンスには好感度が高いんですが、一方で、彼らの出身母体のさくら学院が、非常にロック色の強いカッコイイ楽曲に傾斜しつつあるのが面白いなぁって思って見ています。昔のさくら学院には、「賢くなれるシリーズ」という、中学校の授業内容を楽曲に仕立てたアイドルらしいキュートでユーモアあふれる楽曲があったのだけど、2016年度の「メロディック ソルフェージュ」を最後に、作られなくなってしまった。以降、2016年度の「アイデンティティ」、2017年度の「My Road」、2018年度の「Carry On」、そして2019年度の「アオハル白書」と、さくら学院の新曲は急速に彼女たちの世代の葛藤や時代を反映したメッセージ性の強いロックチューンが中心になってきている。2018年の「Fairy Tale」や、2019年の「Merry Xmas to You」のようなキュートな楽曲やラブソングもあるけれど、ユーモアやパロディ感覚のようなものはかなり後退してしまっている。特に2019年のさくら学院は、KANO-METALでもある藤平華乃さんのパワーあふれるキャラと、裏番ともいえるオピニョンリーダの森萌々穂さんのパッションに牽引されて、ライブのパフォーマンスも無茶苦茶カッコいいロックなパワーが溢れているんだよね。

ただ、個人的には、BABYMETALが「笑い」「諧謔」を取り戻してステージの魅力が多層化したみたいに、さくら学院にも、かつてのユーモアの要素も少し残しておいてほしい気はするんですけどね。「賢くなれるシリーズ」はどれも名曲が多かったし。2019年度のさくら学院のカッコよさには心底シビれるんだけど、「Wonderful Journey」や「ご機嫌!Mr.トロピカロリー」を復活させてくれたり、一種の「賢くなれるシリーズ」ともいえる美術部の「C'est la vie」が発表されたりした2018年度のテイストも、どこかで残しておいてほしいなぁ、なんて思います。

プロ級だよね、と言われるのもちょっと違う

昨日書いた「プロ」に関する文章について、FACEBOOK経由でコメントその他もらったりして、まぁそんなにこだわらなくてもいいし、あんまり言うとちょっと自慢たらしく聞こえるんじゃないの、というご意見もいただきました。まぁ実際その通りで、うちの女房も自分から「私はプロの歌手です」なんて言わないし、私が女房のことを「プロのオペラ歌手なんだよぉ」なんて人に言うのに、ちょっと身内自慢の要素が加わっていることも否定しません。

でもね、音楽業界そのものが、この「プロ」か「アマチュア」かというのをパフォーマーに突き付けてくる局面や、自己主張してくるケースも結構あるんですよ。具体的な例でいうと、私が以前受けたコンクールは、アマチュア部門とプロ部門に分かれていて、受験する時に、「私はアマチュアです」「私はプロです」と宣言しないと受験できない。私の受けたコンクールだけじゃなくて、他にもそんなコンクール一杯あります。

もう一つの例でいうと、以前ガレリア座日本初演したカールマンのオペレッタ「シカゴ大公令嬢」を、別の団体が上演した時に、『プロ日本初演!』という冠をつけて上演したことがあって、これもかなり違和感があったんです。そういう、「君はプロなの?」「僕はプロだよ」という宣言をしないといけない局面が、この業界だと結構ある気がするんですよね。

まぁそういう「プロ」とは何者か、という話は置いておいて、今日は、前回書いた、パフォーマンスの評価としての「プロ」という言葉について、ちょっと思うことを書きたいと思います。

ガレリア座を中心として色んな舞台に出演させてもらうと、時々すごく心優しいお客様から、「プロ並みだよね」「プロ級だよね」なんていうお褒めの言葉をもらうことがあります。それはそれで凄くありがたいお言葉なんだけど、自分のパフォーマンス、特に、「歌唱」という点については、やっぱり決定的に「自分はプロじゃないなぁ」と思うんだよね。

すごく抽象的な言い方になってしまうんだけど、歌を与えられた時に、そこから見える世界の幅が決定的に狭いよなぁ、という感覚なんです。そりゃあ大学の頃から歌い始めて、もう30年以上歌ってるわけですから、普通のヒトよりは歌う身体もできているし、楽譜を見て多少偉そうなことも言えます。でもね、決定的なのは、「歌を歌いたくてしょうがない」と思うかどうか、という点なんじゃないかなって。

昨日の記事に対して、FACEBOOK経由で、「プロフェッショナル~仕事の流儀~」の時計職人さんが語った、プロフェッショナルに関する言葉を紹介くださった方がいました。曰く、

「食える食えないは関係ない。生きるか死ぬかでもない。自分はどうしてもこれがしたい、これしかできない、だからこれをする。それが本物のプロであり自分の仕事に対する尊敬である。」

この言葉を見て、自分の中の違和感の理由が分かった気がしたんだな。私は歌が好きかもしれないけど、どうしても歌いたい、という所まで駆り立てられているか、といえばそうでもないんです。自分が本格的なオペラよりも、お芝居やキャラクターも合わせた総合力で勝負できるオペレッタ舞台が好きなのもそういう所で、単に歌を聞かせるだけじゃなくて、色んな他の要素を加えたパフォーマンスが好き。総合力で勝負、といえば聞こえはいいけれど、結局は、「歌」に真剣に向き合うことから逃げてるんですよ。

「プロの歌手」として自分自身を商品にしている人は、やっぱり「どうしても歌が歌いたい」「歌が楽しくて仕方ない」っていう感覚と、その感覚の中で自分の歌をさらに磨き、歌い続けるために自分の歌い手としての商品価値を高める努力を怠らない人だと思うんだよね。この舞台で中途半端な歌を歌ったら次がない、という危機感と覚悟を持ちながら一つ一つの舞台に向き合っている。そういう真剣勝負をしている「プロ」の人たちを身近に見ているし、自分がそこまで歌に対して本気で向き合っていないのも知ってるから、「プロ並みだよね」なんて言われると、違うよなぁ、って思っちゃう。

もちろん、舞台に立つからには、自分がプロかアマチュアか、ということは無関係に、お客様に対してできる自分の全力をぶつけるのがパフォーマーとしての礼儀だと思うし、必死にやります。その必死の姿勢やそこから得られる感動を評して、「プロ並みだよね」と言って下さるのはありがたいけど、でも自分は「歌」でプロ並みのパフォーマンスはできないし、そこまで「歌」に対して向き合う覚悟も姿勢もないなぁ、と。

卑下する気は全然なくて、「歌」以外の、演技とかナレーションとかについては、一流のプロには及ばないけど、そこそこお金を取れるレベルのパフォーマンスもできる自信はあるんです。じゃあその自信ってどこから来るの、と言われると、これも抽象的な言い方になっちゃうんだけど、セリフや演技プランを与えられた時に見える世界がすごく広くて楽しいってことなんだな。楽譜から見える世界よりもよっぽど世界が広がるし色んなアイデアも出てくるし、とにかく楽しい。一つ一つの舞台で色んな演技や構成を考えるのは大好きだし、いつもそういう妄想をしています。

でも歌はね・・・正直、そこまでのめりこめないんだなぁ。一つの歌に一生懸命取り組んで得られる高揚感も勿論理解できるし、経験もあるけど、「それがないと生きていけない」という所まで至ってない。そういう自分に対して、「プロ並みだね」と言われると、歌がないと生きていけない、と真摯に歌に向き合っている本当の「プロ」の人たちに対して、本当に申し訳ない気になってしまうんです。

もちろん、プロの中にも、舞台に対して全力で臨む姿勢がなかったり、びっくりするくらい歌に対して不真面目な「自称プロ」もいます。どんなに実力がなくても、お客様に対して自分の全力を届ける、というのがパフォーマーとしての礼儀。その礼儀を「プロであれ」という言葉で語る人もいるので、「プロ」という言葉って本当に多面性を持っているなぁ、とは思う。

あまりまとまらなかったのだけど、最後に、私がパフォーマーとして尊敬している中元すず香さん(BABYMETALのボーカリストSU-METALさん)が、アイドル時代に言った言葉をちょっとアレンジして載せておきます。最後はベビメタかよ、と言われそうだけど、パフォーマーとして、舞台のプロとしての基本姿勢みたいなものが語られている気がして。

「自分たちがどれだけ恵まれた環境の中で歌って踊れているか・・・(中略)・・・最高の笑顔をステージで見せること、精いっぱいの歌とダンスを見てもらうこと、一つ一つの音楽に対する向き合い方を一人一人が意識すること・・・」

舞台人として当たり前のことかもしれないけど、これをちゃんとやるのは本当に難しいこと。一つ一つの舞台に対してこの姿勢を保ちながら、「歌がないと生きていけない」という覚悟と強い思いを持っている「プロの歌い手」に対して、アマチュアの歌い手として、敬意と尊敬を忘れないようにしたいといつも思います。

プロと名乗るために必要なこと

うちの女房は、編集の仕事をしながら演奏活動をしているんですが、人に聞かれたら、「うちの女房はプロのオペラ歌手です」と答えるようにしています。そしたら先日、ある人から、「プロを名乗るということは、オペラ歌手という仕事で生活できているのか」と聞かれたんですね。

「それだけで生活している、とは言えないなぁ。」
「それじゃプロとは言えんだろう。プロと言うからには、それで生活できなきゃいかんだろう。」
「そんなこと言ったら、プロの演奏家と言える人はいないと思うよ。」
「NHK交響楽団の演奏者でもか?」
「あの人たちだって、演奏活動だけで生活はしてないよ。どこかの学校の先生をやったり、生徒さんをとって生活しているんだよ。」
「それはプロと言っていいだろう。」

この人の定義する「プロの表現者」というのは、その表現スキルによるパフォーマンス自体の対価と、その表現スキルを材料として講演をしたり先生をしたりする、いわば「切り売り」をすることによる対価によって生活を支えることができて初めて、「プロの表現者」と言える、という定義なんだな、と理解して、確かにそういう定義で「プロ」という言葉をとらえている人って多い気がしたんですね。でもすごくもやもやした。今日はそのもやもやについてちょっと書きたいと思います。長くなるかもしれないので、1回では終わらないかもしれない。

上記のように、「自分の持つ表現スキルを材料としたパフォーマンスの対価と、その表現スキルの切り売りから得る対価で生活できていること」を「プロ」の定義とするなら、創作活動のなかで赤貧にあえいだ明治・大正・昭和の文人のほとんどはプロとは言えないですよね。太宰治だって、芥川龍之介だって、小説だけで生活はできなかったわけだから、プロとは言えない。ドストエフスキーだってそう。なので、上記のように「プロ」を定義する人は、彼らを、「プロ」になりたくてあがきながら結局「プロ」になれずに挫折した「アマチュア作家」、としてとらえることになる。

そういう観点で見れば、演奏活動とそのスキルを切り売りすることで生活している演奏家、つまり、「プロ」と名乗ることができる演奏家って、音楽業界ではそんなに多くないと思うんです。大多数の人たちは、別の生活手段を確保した上で演奏活動をしている。英語教師をしながら小説を書いていた芥川龍之介と同じで、そういう人は「プロ」を名乗っちゃいけない。全員、「アマチュア」。

でもねぇ、なんかすごくもやもやするんだよね。そこまで「プロ」と名乗ることのハードル高くすることに意味があるのかなぁ。確かに、演奏活動と教育活動だけで生活できる演奏家はすごいし、そこまで行ける人って本当に一握りだと思うけど、そういう一握りにならないと「プロ」とはいえない、その他はみんな「アマチュア」だ、と言われると、ちょっと違う気がするんだよねぇ。

私とかが思う「プロ」の定義はもっと低くて、その人が自分のパフォーマンスを無償で提供しているのか、それとも有償で提供しているのか、という点に尽きる気がするんですよ。芥川にせよ、太宰にせよ、原稿を書けば誰かが買ってくれたわけで、その時点で、「俺はプロだ」と言えたと思うんですね。何かしらの表現(舞台や演奏会や雑誌など)を企画する人がいて、その人が、「あなたのパフォーマンスがこの企画に必要だから、対価を払うので是非参加してください」と言うかどうか。もっと簡単な言い方をすれば、オファーをいただいて有償でそれに応じた時点で、プロ、と言えるのじゃないか、と思うんです。

そういう意味で言えば、うちの女房は今完全に「プロ」として活動していて、オファーをいただいて、ギャラをもらって企画に参加している。でもそこに非常に微妙なグレーゾーンがあって、表現者がいつも悩んでいる、というのもよく聞く話なので、「プロ」って面倒臭い単語だなぁ、とも思うんです。

例えば、私が参加しているガレリア座の活動を称して、「あれはプロ活動だ」という人がいるんです。でもね、私はガレリア座からオファーをもらっても、そこから対価はもらってません。逆に参加費を払ってます。だから、私はあくまでアマチュアとしてガレリア座に参加している。でも、ガレリア座を「プロ」と呼ぶ人は、「だってチケットは有料でしょ」とおっしゃる。「お客様からお金もらっている以上、プロでしょう」と。

これもまた、「プロ」のハードルを別のところで上げている気がするんだね。チケット代が有料ならプロなのかよ、といわれたら、うちの娘がやっている大学オーケストラとか、チケットは有料です。じゃあ彼らはプロなのか?チケット無料の演奏会やっている学生オケはアマチュアで、有料で売った途端にプロになるの?

そこが、私が上述した、「その企画の主宰者(プロデューサー)から対価をもらっていますか?」というのが「プロ」を名乗る基準だ、という定義に繋がってくるので、その企画自体が無料か有料かは問わないんですね。チャリティコンサートとかであれば別ですけど、「身内の演奏会で無料でチケット配るので、ギャラなしでちょっと来て歌ってくれない?」なんて言われると、ちょっと待てよ、と言うのがプロ。いいよ、というのがアマチュア

時々、イラストレーターさんなんかが不満言ってるのが聞こえてくることがあって、「友達の結婚式でイラスト書いてくれって言われたんだけど、タダでやらんといかんのかなぁ」なんて話。知り合いのデザイナーさんとかに、「ささっと描いてくれないかな」なんて気軽に頼むのが本当にいいのかどうか、本当はすごく気を使わないといけない。

知り合いの知り合いで、ずっと、「私はプロのライターです」と言い続けてた人がいるんだって。だから絶対に自分の文章をタダで提供しない。私はプロです、と言い続けているうちに、本当にその人に取材を任せてくれる出版社が出てきて、ちゃんとお金を稼いで生活できるようになった。もしそういう人が、「お前は自分のスキルで生活できてないんだからアマチュアだ。アマチュアの癖に、自分のスキルに対価を求めるな」なんて言われたら、それって本末転倒になっちゃうよね。誰だって最初は自分のスキルだけで生活できるわけはない。少しずつ自分のパフォーマンスにお金を払ってくれる人が出てきて、それが積み重なって生活できる所まで積みあがっていく。完全に積みあがってから、「やっとオレもプロと言える」と胸を張るのもいいけど、最初から、「オレのパフォーマンスには金を払ってもらわないといけない、なぜならオレはプロだから」という矜持を持たないと「それで生活できる」所まで到達できない。そしてそういい続けることで、実際にお金を払ってくれるプロデューサが出てきたら、胸を張って、「私はプロです」と言えるようになる。「プロ」を名乗るために大事なのは、自分のスキルは有償です、と自分のスキルを安く売らないことと、それを支える実績(実際に買ってくれる人がいる、という事実)なんじゃないのかな、って思う。

やっぱり一回では終わらなかったですね。「プロ」と言う言葉には、パフォーマンスの質自体を評価するニュアンス(例:あの人はプロ並み)もあって、実はそこにも若干もやっとしたものを感じていたりする。次に機会があったら、そのことについても触れたいと思います。

カニバリズムについての娘との雑談まとめ

最近この日記は、舞台やコンサートを中心としたインプットに対する感想文がほとんどで、あまり自分の考えたことの発信とかしなくなっちゃったんですが、今回はちょっと久しぶりに、先日娘と雑談していてちょっと思ったことを。テーマが「カニバリズム(食人)」なので、ちょっとそういうのは弱い、という方はこの時点でご退出されることをお勧めします。

娘は大学で史学科に所属しているんですが、講義の資料として先生に配られたプリントに、18世紀欧州で流行した「旅行記文学」の最後に必ず現れた「食人族」のお話のイラストがあったんですって。本の挿絵で、人の足とかむさぼり食ってる食人族のイラストをA4に拡大したプリントで、娘は、「趣味が悪い」とおかんむりだったんだけど、その先生が言うには、このころの「旅行記文学」には、ほとんど必ずと言っていいほど「食人族」が登場して、当時の読者はそれをとても楽しんでいたそうな。

それを聞いて、それって一種の「キリスト文化の他文化に対する優位性」の表現かもね、という話をする。キリスト教に教化された西欧の人々は、神の恩寵を受けることによって、食人のような獣の風習から逃れ、「ヒト」として生きることができている、というような、ちょっと教訓も含まれた表現。そこでは、「食人」という風習が、「ヒト未満」の異人種の持つ特性として描かれることで、キリスト教世界と非キリスト教世界の間に明確なヒエラルキーを与えるための一つの記号として扱われていたのでは、と。

では日本は、と振り返ってみると、キリスト教のような明確なピラミッド構造を持たない精神世界を持つ日本において、かつて「食人」の特性を与えられたのは、山姥や鬼、といった「妖怪」たち、言い換えると、「ヒトならざるもの」だったよね、と。「ヒト」ではないものが「ヒト」を食うので、そこにあまりモラルが入り込む余地がない。もちろん、例えば上田秋成の「青頭巾」のように、もともと人であったものが人肉を知って「鬼」と化してしまう、という物語においては、「食人」が人外に堕ちるタブーとして描かれているので、多少はモラルの要素も含まれているのだけど、そこには悲劇性というより、この世界と地続きに存在していて、様々な妖しが棲む異界に対する怖れや畏敬、という、日本の「怪談」の持つ特性が現れている気がするなぁ、と。

でも、そういう日本における「食人」の物語が、人外の者の恐怖譚としてではなく、我々と同じ普通の「ヒト」が「ヒト」を食う、食わざるを得ない所に追い込まれる、という「悲劇」として描かれた時期があった気がしていて、それって私の子供の頃のような気がするんです。私の子供の頃、教科書にも載っていたような話としてよく聞かされたのが、江戸時代の天明の飢饉で東北が飢えに苦しんだ挙句に、死者の肉を食ったという話で、そこには普通のヒトがヒトを食わねばならない悲劇としての「食人」が描かれていた。そこには、そこまでヒトを追い込んだ封建主義を「悪」として描くことで、戦後の民主主義の価値観を肯定する意図が隠れていたのかもしれないんですが、「食人」が、異教徒でもなく、妖怪でもなく、ごくごく普通の市井の人々が生き延びるための最後の手段として、大きな「悲劇」として描かれていた時期だった気がする。

同じような「普通なヒトが飢餓のためやむなく人肉を口にする」という物語は、オペラ「ひかりごけ」や、バリー・コリンズの戯曲「審判」などにも現れる。ここで物語の背景になっているのは、飢餓という極限状態を生み出す「戦争」という政治状況。そう考えると、「食人」を悲劇の物語にする一つの要因として、第二次世界大戦というのが大きな役割を果たしていたのじゃないかな、という気がしてくる。普通の市井の人々が前線に兵士として駆り出され、極限の飢餓の中で人肉を口にする、そういう悲劇が第二次大戦中には実際身近なこととして結構あったわけだし、戦後も同様な飢餓に直面していた人々にとっても、「食人」はタブーではあったけれど、そのタブーを越えてしまった人々の悲劇を、自分の身に引き寄せて共感できる素地があった時代なのじゃないかな、と。

民主主義の最大の発明である「国民皆兵」の結果として生まれた大規模な殲滅戦である近代戦争が、普通の市井の人々を極限状態に追い込み、「食人」のタブーを破らせるところまで追いつめた。その民主主義を肯定するために、「食人」を封建時代の悲劇として掲載した戦後教科書って、なんだかねじれてますねぇ、とも思うけど、現在の飽食の日本における「食人」は、「東京喰種」にせよ「寄生獣」にせよ「進撃の巨人」にせよ、かつての山姥や鬼のような「ヒトならざるもの」がヒトを食う、本来の日本の物語世界が持っていた異界への畏れを表現する記号に戻ってきている気がします。その一歩前の所に、昨日までの友人が食人種と化してしまうジョージ・A・ロメロの生み出した「ゾンビ」という食人種の影響も加わって、親しい家族や友人が自分を食おうと襲ってくる、という悲劇性も加わってはいるけれど、それはあくまで食われる側の悲劇であって、食う側は「ヒト」としての属性を失っている。飢餓が「食人」の動機にならなくなった平和な飽食の日本において、「食人」は、むしろ現代社会の持つ様々な闇を表現する別の記号としての地位を持っているのかも、と思います。

なんか大学のレポートみたいになってしまいました。最近娘と大学のレポートの話結構するものだから、時々こういう話が膨らむんだよね。娘は、「会社辞めたら大学入りなおしてレポート書きまくれば」と言う。それも楽しそうだなぁ。

クレド交響楽団第3回演奏会~ベートーベンはアマチュアに限るって本当かも~

年末のライブ参戦(この単語を使うなと)感想の3つ目は、娘が参加しているクレド交響楽団の第3回演奏会。なんというか、とにかく、若いっていいよなぁ、とため息の出る演奏会でした。

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このオーケストラの演奏会は、前回の演奏会の感想をこの日記に載せています。

クレド交響楽団 第2回演奏会~伝えるって本能なんだな~ - singspieler’s diary

慶應義塾高等学校のオーケストラ部のOBたちが、カリスマ性のあった学生指揮者を中心に作り上げたこのオーケストラ、前回の演奏会で、ジェラール・プーレさんという熟達のヴァイオリニストとの共演を経験して、「進化した」と自称する若い彼らが、今回取り上げたのはベートーベン7番。のだめカンタービレで有名になった疾走感あふれる交響曲

第一回の演奏会を聞いていないので、「進化」の過程が見えているわけではないのですけど、一つ感じたのは、指揮者の豊平さんが、オケに対してしっかり自分のやりたいことを投げつけていて、それに対してオケが全力で答えていこうとする、指揮者との間の密なコミュニケーションが成立している感じ。アマチュアオケの演奏を聞いていると、時々感じることですが、指揮者がオケの実力に合わせてしまって、「できる範囲でやらせよう」と保守的になってしまう感覚。それはそれで指揮者にとって大事なスキルで、オケの実力を超えた高すぎるハードルを設定して、オケのモチベーションを下げてしまったり、演奏として破綻してしまったりすることも多いと思います。オケの実力を見極めて、もう少し上のレベルに演奏水準を設定し、だんだんクオリティを上げていく、というのが指揮者の腕前で、失敗したくない、とハードルを下げてしまうと、途端に演奏がつまらなくなる。

そういう意味で、前回の演奏会でのプーレさんは、本番に何をやらかすか分からない即興性にオケ全体を巻き込んでいく求心力のあるソリストで、そのコミュニケーションの妙味を知った豊平さんが、オケに対してどんどん挑みかかっていく、その挑戦をオケが必死に受け止める、みたいな丁々発止感が、「進化」の一つの要素だったのかもしれない。でも、プーレさんは、何をやらかすか分からないようで、しっかりオケの実力も見極めていて、絶対に越えられないハードルは設定しないんだよね。「君たち、ちょっと背伸びすればこれくらいできるでしょうが。さぼってんじゃないよ」みたいな感じで、ちょっと無理すれば打ち返せるボールをぽん、と投げていく、その感覚が絶妙で痺れたんだけど、今回の演奏会の豊平さんは相当無理なボールをバンバン投げつけていた感じがして、演奏にはかなり破綻があった気がします。

でもベートーベンというのは、特に7番や9番というのは、そういう破綻をある意味許してくれる、というか、破綻してもいいからぶっ飛ばしていく疾走感や高揚感の方が重要な演目だったりする。知り合いが、「ベートーベンの第九はアマチュアオケとアマチュア合唱団が死ぬ気でやっている演奏が一番面白くて、プロが仕事でやってる演奏なんか全然つまらん」と言ってたことがありましたけど、そういう側面ってある気がするんです。暴走機関車が屋根とか車輪とかぶっ飛ばしながら、それでも驀進していく姿にカタルシス感じてしまうような。

もちろん演奏全体が破綻してしまうと元も子もないのだけど、そこは日本随一のアマチュアオケを出身母体とするクレドのメンバー、暴走機関車をなんとかレールの上にとどめるだけの技術を持っている。中でも女房が感心していたのが、コンマスの服部さんで、時に限界を超える指揮者からの無茶ぶりに対して、弦楽器全体を知的にコントロールしながらうまく折り合いをつけていく様子が素晴らしかったそうです。

機関車を爆走させるだけのエネルギーは、やっぱり若さの賜物なんだよなぁ、とも思うし、俺達にはもっとできる、もっといける、と高い高いハードルを掲げる姿勢も若さだなぁと思う。でもその若さがそれぞれの演者の独りよがりになっているのではなく、また、お互いに距離を置いてできる範囲で収めようとする大人な対応や、最近の若者にありがちな事なかれ主義に堕ちているわけでもなく、とても高いレベルでバランスしながら全力で疾走していく姿が、とても好印象でした。終演後の拍手が鳴りやまなかったのは、今のこのオケにしか出来ないパッション溢れる演奏と、最後まで走り切ったその姿に対する感動の拍手だったと思います。なんだか高校駅伝か何かを見たような後味の残る、爽やかな演奏会でした。

さくら学院☆2019 ~Happy Xmas~ライブビューイング ~歌舞伎見てる気分になる~

年末の参戦記録、二つ目は、26日に見に行った、さくら学院のクリスマスライブのライブビューイングの感想です。印象に残ったポイントが多すぎてまだ何だか整理がつかないんですけど、とりあえず思ったことをだらだら書いてみます。まとまりのない文章になりますが、その点はご容赦を。

24日に幕張のアンフィシアターで開催されたライブのディレイビューイング、ということだったんですが、LVを見に行った時には既に、24日のライブでのトラブルの情報がシェアされていたんですね。入場の際のIDチェックに手間取り、開演が45分も遅れた、というトラブル。

さくら学院は、中学生以下の生徒さん達のグループということで、どの本番舞台も20時までには終了する、という鉄の掟があります。これは中三になったら卒業する、というこのグループを縛る最強のルールと同じくらいの重さを持っているルールで、開演が45分遅れたから、といって、終演時間を遅らせればいいでしょ、ということにならない。45分の遅延はそのまま、彼女達がやりたかったプログラムを45分間短縮しなければいけない、ということにつながるんです。

毎回の卒業公演でも、生徒さん達がやりたいセットリストと、時間の制約とプログラムの完成度の間でギリギリの調整が行われ、「セトリ問題」という単語まで生むくらいにプログラムが切り詰められ吟味されていることを知っているからこそ、45分の遅延が生徒さん達をどれだけ動揺させたか、想像できる。そんな中で、というか、そんな中だからこそ、凝縮されたパフォーマンスへの生徒さんたちの集中力は半端なかった気がします。多分、あゆみの映像の上映とか、購買部のネタとか、少しメンバーが休める時間を全部削って、楽曲のパフォーマンスをノンストップでつなげることで、なんとか予定していたセットリストをこなしたのだと思うのだけど、そのノンストップ感の中で、一人一人の生徒さん達の全力のパフォーマンスが生まれたのかな、とは思います。

でもね、そういう経験を生徒さんにさせちゃダメです。自分も舞台制作に関わったり、裏方として舞台手伝った経験がありますから言いますけど、演者に極度の緊張を強いたり、「はらはらした」と言わせるのは、舞台裏スタッフとして一番やってはいけないこと。演者が最高のコンディションで舞台に臨めるように最大限配慮するのが舞台裏の仕事。お客様に謝罪するより先に、全力のパフォーマンスで舞台を救ってくれた生徒さんに、今回の舞台裏のスタッフは心から謝罪と感謝をするべきだと思う。

そんな全力の生徒さんのパフォーマンスの中では、最高学年を支える中一・中二の存在感が非常に大きかった感じがしました。正直、自分が沼にハマった2018年度は、中三の3人の存在感と一つ一つの舞台にかける3人の想いの強さ、そこから生まれるドラマに目を奪われて、当時の中一・中二のパフォーマンスや成長にあまり目がいかなかったのですけど、今年度は、中三の4人が非常に安定感があるために、逆に、中二・中一のパフォーマンスの成長やそこに生まれるドラマが際立って見える気がしました。2月からの卒業公演に向けての準備期間でもある12月のライブということもあって、余計に下級生の成長が目立ったのかもしれない。ダンスの存在感と美しさが際立ってきた田中さん、パフォーマンスの鬼気迫る全力感に凄みさえ感じた佐藤さん、安定感で全体のパフォーマンスの軸になってきた八木さん、抜群の表現力で間違いなく舞台の核を作っていた戸髙さん、中三を向こうに回してけっして引けをとらない個性と存在感を示した野中さん、白鳥さん。この人たちが、10周年のさくら学院を作っていくんだなぁ、と改めて実感させてくれるパフォーマンスだったと思います。

「マシュマロ色の君と」「未完成シルエット」「キラメキの雫」あたりを見てると、なんだか、さくら学院って歌舞伎みたいだなぁって思う。歌舞伎も、「亡くなった勘三郎の当たり役だったあの役を勘九郎がしっかり引き継いでる」みたいなのがあるじゃないですか。なんかそんな感じなんですよね。それぞれの楽曲のソロパートを先輩から引き継いで、引き継ぎながら自分なりの色や工夫を加えてその年度の楽曲として完成させていく。引き継ぐことで失われる個性もあるけど、新しく付け加えられる解釈や個性もあり、積み重ねていくから磨かれる完成度もある。「未完成シルエット」の「バイバイ」のソロを麻生さんから有友さんが引き継いでいる所とか、ソロダンスを有友さんから八木さんが引き継いでいる所とか、もう見るだけで胸がいっぱいになる。勘九郎の二人の息子が二人桃太郎やってる姿に、勘九郎七之助が同じ演目で歌舞伎デビューした姿が重なるのと同じ構図だったりするんだよなぁ。

藤平さんのKANOMETALとしてのMステデビューやonefive爆誕などもあって、さくら学院としても本当に盛りだくさんだった2019年、来年はいよいよ10周年の年。400年以上の歴史を持つ歌舞伎と比べちゃいけないかもしれないけど、10年間積み重ねてきた歴史を踏まえて、どんな伝説が生まれるのか、今から本当に楽しみです。

シャンソン・フランセーズ9「ジュテーム!」~変化するからレパートリーになるんだよね~

年末のこの一週間、3つのライブ現場(一つはライブビューイング)に参戦するという充実の一週間でございました。今日はその感想を一気に書こうと思います。しかし「参戦」という単語を使うあたりがドルオタっぽくて非常に嫌な感じですね。他にいい単語が浮かばないんだよなぁ。困ったもんだなぁ。

ということで、まずは、12月26日に浜離宮朝日ホールで開催された、東京室内歌劇場創立50周年記念FESTIVALの感想。お目当てだったシャンソン・フランセーズ9「ジュテーム!」の感想を書きます。

今年で創立50周年を迎えた東京室内歌劇場。女房が編集を務めた50周年記念誌の発行を含め、先日めでたく完結した青島広志先生監修の「東京室内歌劇場の歩み」などのイベントが企画され、上演されてきました。今回のフェスティバルはその締めくくりということで、東京室内歌劇場が取り組んできた様々な企画の中から、6つの企画を選び出し、浜離宮ホールを一日借り切って次々に上演していく、という、なんとも盛りだくさんな催し。私は、日本歌曲、シャンソンオペレッタ、という3つのコンサートが行われた昼の部に参戦してきました。(だからその単語を使うなと)

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シャンソン・フランセーズは、ピアニストの田中知子さんがプロデュースしている東京室内歌劇場の人気企画なんですが、ももクロの大ファンである田中さんらしいエンターテイメント性あふれた舞台が特色で、お笑いあり涙あり、派手な照明演出あり着ぐるみあり、という、何でもありの昭和歌謡ショウのような構成が毎回楽しみなんです。なんですが・・・今回は40分の短縮版。しかも会場は浜離宮ホール、ということで、いつもの渋谷伝承ホールのような仕掛けが組めない。字幕が準備できないし、照明はシンプルな明暗だけで、伝承ホールで必ず使っていたミラーボールもない、挙句に「特別清掃が必要になるので、ラメ・スパンコール入りの衣装はご遠慮ください」とまで言われたそうで、この制約の中で、どう客席を楽しませてくれるのか、ある意味楽しみでもあり、ちょっと不安でもあり、という思いで開演を待ちました。

まぁでも、ふたを開けてみれば、字幕のない所は日本語訳詞で補い、短い時間の中で衣装をくるくる変えて(もちろん着ぐるみもあり)華やかさを生み出し、定番のお笑いナンバー、富永美樹さんのアイドルコロラトゥーラ、シリアス曲、橋本美香さんの演歌、昭和歌謡曲とジェットコースターのような振れ幅の大きさで、全然飽きの来ない40分。終わってしまえば、充実感もあり、あれ、もう終わっちゃったの、という次への期待感もある、さすがの舞台に仕上がっていました。

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居並ぶだけでケレン味たっぷりでしょ。

今回は、関定子さんが歌った「夜明けの歌」(圧巻!)以外は、全て過去のシャンソン・フランセーズで取り上げたレパートリーで、そういう意味でも、鉄板のレパートリーを持っているってのは強いんだなぁ、と思いました。その曲をどう歌えばお客様に受けるか、しっかり分かっている曲を持っている、というのはこのシリーズの強みで、だからある程度場所を選ばずプログラムが組めるんだよね。

でももちろん、同じレパートリーを続けてやっていると、お客様の方にも演じる側にも一種マンネリ感が出てくる。そういう意味では、以前、伝承ホールでやった時には全編フランス語で演じられた、田辺いづみさんの「アコーディオン弾き」や、大津佐知子の「私の神様」を、今回、全部ないし一部日本語訳詞で歌った、というのは、字幕がないという制約を逆手に取って、曲の新しい生々しい魅力を客席に届けることができた新しい試みだったような気がします。笑いと涙を織り交ぜるこの企画の中では、どちらもシリアス部分、というか、「涙」の部分を担当する曲なんですけど、日本語訳詞で歌われることで、シャンソンというジャンルの持っている「市井の人々の人生を歌う」という性格、地に足着いた生活感というか、生々しさが結構しっかり出た気がする。若干手前味噌になりますけど、「私の神様」では、日本語の部分でもフランス語の部分でも涙が出ました。

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「私の神様」の衣装。すっかり自分のレパートリーになりましたね。

笑い、というのは人の心の防御壁を下げるので、「辻馬車」のようなコミックソングで無防備になった所に、ずどん、と泣ける曲を持ってこられると、本当に心の一番深い所にまでぐさっと突き刺さってきてしまう。田中さんの構成はいつもそういうメリハリが効いていて、すごく上質の人情喜劇を見た時みたいな充実感があるんです。でもそういうメリハリをしっかりつけるには、それぞれの舞台の条件や演じる側の変化に合わせた色んな工夫の積み重ねが必要で、定番のレパートリーを少しずつ変化させていくことで、一番お客様の心に届く表現を模索し続けていく努力が不可欠なんだよね。レパートリーを持っていることの強みと、そのレパートリーを磨いていくための努力の大切さ、みたいなことをちょっと思った舞台でした。