今日はアイドル関係の内容なので、さくら学院とかonefiveにご興味のない方はここでご退場いただいた方がいいかも、と思います。とはいえ、自分の推しの話をする、というよりは、日本のアイドル業界で長く言われている、「歌が下手なアイドル」についてちょっと考えてみたいな、というのが今回の文章。というのも、最近読んだ、三宅香帆さんの「推したちとどう生きるか」という本と、井出口彰典さんの「童謡の百年」という本の中に、全く違う文脈で似たような表現を見つけて、ちょっと考え込んでしまった、というのがきっかけなんですね。あんまりまとまった文章にはならないかもしれないんだけど、とりあえず、この2冊の本で、私がひっかかった、「歌が下手なこと(或いは「未熟」であること)への肯定的評価」について記述した箇所を引用してみます。
山口百恵やピンク・レディーをはじめとして、このころから日本のアイドルは、未熟な子どもの成長をみんなで見守るというプロデュースを採用している。つまり、子育ての疑似体験ーーとまではいわないにしても、子どもが育つのを見守るように、家族的な関係性をファンとつくりあげる存在が、日本型アイドルの原型だったのである。
(「推したちとどう生きるか」108頁)
「赤い鳥」唱歌会の令嬢たちは下手でも何でも、貴い純性に生きてゐる少女である。私はその下手さそのものの中に伴はれてゐる、その人々の純な生命こそ、却って、われわれの「赤い鳥」童謡を謡ってもらふについての、第一の、そして或は唯一の資格でなければならないと考へてゐる。
(文庫版「童謡の百年」68頁、鈴木三重吉の文章の引用部分)
前者は、日本におけるアイドル文化の隆盛において、アイドルのひたむきな成長を見守ることが、親が子供を見守るような、疑似家族の関係性を作り上げることで推し活を正当化した(倫理を与えた、と言ってもいいかも)、という文脈の中で、後者は、「童謡」というものが本来表現するべき「童心」を表わす道具として、未成熟な少年少女のたどたどしい歌唱の方が、訓練された大人の歌唱よりもふさわしい、と、(童謡運動の中心人物であった鈴木三重吉自身が)主張し、結果その担い手であった少女歌手達が、後年、童謡歌手というアイドル的人気を博した、という文脈の中で出てくる文章です。共に、歌手の未熟さこそが大きな魅力となって人々に広く受け入れられた、という流れ。文脈は違うのだけど、結論として、「下手な歌唱」というのが未熟さを裏打ちする属性として、市場価値を生んだ、とされている。
日本のアイドル歌手の歌唱は下手くそだ、というのは、色んな所でよく言われることで、特にKPOPアイドルとの対比においてよく言われることだと思います。完璧な歌唱とダンスを磨き上げたKPOPアイドルに比べて、日本のアイドルはパフォーマンスの完成度をアピールしているのではなく、むしろその不完全さや未熟さを愛でるのだ、という議論。割と最近でも、どこかのアイドルさんが大きな舞台で恐ろしく下手くそな歌唱を披露して、この議論がネットでも盛り上がっていた記憶がある。未熟だったり下手くそだったりするけど、でもそれを「純粋である」と肯定した昭和初期の聴き手たち。そしてそのひたむきさに感動して、僕たちがこの子達を育てるんだ、一緒に頑張ろう、と自分に引き寄せて、共に「生きる」ことを選ぶ現代のヲタたち。共通するのは、「下手な歌い手」が人気者になる、という現象。
日本の伝統的な「未熟なものに聖性を感じる」というメンタリティが、アイドルを評価する「カワイイ」という言葉の底流に流れている、というのも、井手口さんの本の中に、四方田犬彦の「『かわいい』論」を引用する形で触れられている。未熟だからこそよい、という日本的な評価軸が端的に表れたのが、美空ひばりという「少女なのに完璧な大人の歌唱を身に着けている」天才少女に対する評価で、彼女の歌声の完璧さに魅了される人々の対極に、「子供のくせに気持ち悪い」という嫌悪感を見せる大人たちがいたのも事実。「未熟であるからこそ聖である」べき少女が成熟してしまっていることを「不気味」と感じる感覚がその根底にあったのは確かだと思う。
でもねぇ、あくまで個人的な見解なんですけどね。この「未熟だからこそいい」っていう価値観って、色んな局面で、日本のアイドル市場にかけられた呪いのような気がするんだよなぁ。呪いじゃない?と私がとみに思う瞬間って大きく3つあって、1つは、本当に歌が下手くそな「アイドル」さんが、もっといい歌い手が担うべきパフォーマンスの真ん中に立って、舞台作品全体のクオリティを下げてしまう、というケースに結構出くわす、という現象。もう一つは、「日本のアイドルは歌が下手」って一緒に括るのは、一級のパフォーマンスを届けてくれるアイドルさん達に失礼じゃん、という思い。そして最後に言いたいのは、ものすごくクオリティが高い玄人受けするパフォーマンスのアイドルさんが、「KPOPっぽい」とか、「日本っぽくない」という謎の言葉でなかなか日本市場でブレイクしない謎の現象。
ミュージカル舞台で、主役級の歌い手さんが明らかに一番下手くそ、という舞台を見せられて、残念感抱えて帰宅したことが何度かあるんだよね。それは明らかにその人がかつて「未熟だからこそいい」という価値観に支えられたアイドルさんだったために、今でも、「彼が主役なら」と沢山チケットを買ってくれるヲタたちを抱えているから。舞台を成功させる最大のファクターは、チケット収入ですから、チケットを売ってくれるのであればどんなに歌が下手くそだろうが演技がダイコンだろうが真ん中に立てるんですよ。それはどんなパフォーマンスでも一緒だし、私が関わっているオペラ舞台でもそういう「残念な」舞台にぶつかることはしょっちゅうあります。
でもねぇ、真ん中に立っている下手くそなアイドルさんって、もう結構いい年齢になってたりするんだよなぁ。今更「未熟だからカワイイ」なんて言えるような歳じゃないだろう。というか、いつまで成長途上なんだよ。もういい加減成熟しろや。
それこそ、「歌が下手なのがいい」とファンに言われ続けている「呪い」だと思うんだよね。いつまで経っても成熟しないアホロートルみたいなお兄ちゃんが真ん中に立っているせいで、脇役の人たちがどんなに頑張っても、舞台全体が残念なクオリティになってしまうミュージカル舞台をいくつか見てきて、やっぱり「歌が下手でもいい」っていうのは呪いだよなぁって思うんです。
でもね、「歌が下手でいい」ってパフォーマーを甘やかすって、日本のアイドル全般に共通する現象では決してないと思うんだよ。おそらくは元ジャ●ーズ系の一部と、数字系の一部などに限った現象で、ものすごく頑張って本物のパフォーマンス見せてくれているアイドルさんだっていっぱいいると思う。それこそハロプロの色んなアイドルさんのパフォーマンスのクオリティの高さや、EXILE系の方々の洗練されたパフォーマンスとか見てみろよって思うんだよね。それを一部の人気先行型のアイドルさんと一緒にして、「日本のアイドルはパフォーマンスが下手」って一緒にまとめるのは本当に失礼だし、それこそ呪いだと思う。カワイイと高度なパフォーマンスを両立しているグループだって一杯いるぞ。いぎなり東北産の伊達花彩さんとか、素晴らしい歌唱力の持ち主だけど無茶苦茶カワイイぞ。解散しちゃったけど、AMEFURASSHIの四人とか、美人でカワイイのにパフォーマンスがエグくて、そのギャップが最高だったんだし。そういうアイドルさん達に対して、「日本のアイドルは未熟さを価値としているので歌やダンスは下手」って一括するのって、本当に失礼な「呪い」だと思うんだよねぇ。
ちょっと話の筋がずれるけど、自分がさくら学院というアイドルグループにはまったのも、彼女たちが成長期の小中学生という未成熟さを抱えながら、パフォーマンスは本当に一級品だったから、という点なんだよね。要するに、未成熟であり成長中だから尊い、という価値観は、「だから歌が下手でもいい」ということにすぐにつながるものじゃないんだよ。美空ひばりの魅力はその成熟した歌唱力だけではなくて、彼女の少女としての未成熟さや成長、という側面も間違いなくあった。少女である、少年である、だから歌もダンスも下手くそでいい、というのは、少年少女に対する侮蔑であり「呪い」だと思うんだよね。
そういう感覚って、自分の推しに対する評価を見ていてイラっとする瞬間にもつながっていて、BABYMETALのすぅさまの歌唱に対して人形浄瑠璃って評価したBBAとかにも、少年少女は未熟で未完成なものだ、という先入観と、アイドルというのは人間として未完成なお人形さんでしょ、という侮蔑を感じて無茶苦茶イラっとする。中元すず香の歌唱は美空ひばりなみに10歳くらいに既に芸術として完成されていたのだし、彼女の歌唱が初期から世界に通用するパフォーマンスだったことは結果が示しているのに。
そしてやっぱり最後に言いたいのはonefiveですよ。彼女たちの歌唱が初期から完成されていた、とは言いませんけど、少なくともダンスパフォーマンスは初期から一級品で、初々しかった歌唱力もAVEXでメジャーデビューした頃には明らかに大人の表現力を身に着けていた。歌もダンスもどこに出しても恥ずかしくないこの子達のパフォーマンスが、一時期「KPOPっぽい」という一言で片づけられてしまったのには、色んな要因があると思うけど、未熟が故のひたむきさ、一生懸命さ、「下手くそ」であることを価値とする日本のアイドルの価値観が、onefiveの持つあまりにもキレッキレで完璧なダンスパフォーマンスや歌唱力との間で歪を起こしたっていうのも一因だったのじゃないかなって思ったりする。まさに、「日本のアイドルは下手くそであるべき」という先入観の呪い。
最近のonefiveは、そういう呪いを逆手にとって、わざと均衡を崩して各人の個性を前面に押し出すパフォーマンスを見せている印象があります。キレッキレのフォーメーションの中に突然投げ込まれるファンサや表情お化けのアピール、メンバー同士のボディタッチやアドリブのいたずら、わちゃわちゃ感。日本のアイドルは下手くそであるべき、という呪いを超えて、推したちが一級のパフォーマーとして羽ばたける日を夢見て、私もこの「呪い」の打破のために、機会があればせっせとこんな文章書き殴りたいと思います。「日本のアイドルは下手」って一括りに言うなよ。そんなのホントに一部の界隈だけなんだからよ。

















