米倉涼子の「オーラ」

女優さんにとって、何かしらオーラをまとっている、というのはとても大事なこと。とはいえ、あまり強烈なオーラはかえって芸風を固定してしまう。固定された芸風で、リサイクルがきかない女優の話は、以前書いたことがありますね。

昨夜、ちらりと見た「黒革の手帖」。出ている俳優さんも豪華だし、ドラマも重厚で、ちらりと見ただけで、ぐぐっと引き込まれるものがありました。お化け番組の「渡る世間は鬼ばかり」の裏番組ということもあって、中々視聴率的には大変かもしれないけど、骨太のいいドラマ、という感じです。

中でも、主人公役の米倉涼子さんを見ていて、この人のオーラは特殊だな、と思いました。確かに強烈なオーラがある。非常にぎらついたオーラ。癒しだの、和みだの、そういう生ぬるいオーラをまとった女優さんの多い中で、こういうオーラをまとっている、というのは貴重だなぁ。

こういうオーラというのは、ご本人の実際の性格とは全く別の所で発生するものですし、ご本人がどういう方か、というのは、TVなどでは一切出てこないものなので、そのあたりは一切捨象しての話になります。大河ドラマ「武蔵」のお通役を見た時に、今風のセクシー系女優さんなのに、結構着物姿がさまになっているなぁ、と思ったのですが、今回の「黒革の手帖」でも、やっぱり着物姿が決まっている。大河ドラマで鍛えられた、ということなのかもしれないのですが、以前、この日記でも書いた、「大奥」の星野真理の着物姿に比べると、全然きりり、と着こなしてらっしゃる。

でも、不思議と、ゴージャス感がないんです。これが不思議なんだ。銀座のママ、という役柄なのに、ゴージャスな感じがしない。きれいなお着物を着ていても、どこか、ビンボ臭い。ハングリーな感じ、ぎらついた感じがある。叶姉妹にも、時々そういうビンボ臭さを感じるのですが、同様。

そういう意味でも、このドラマのキャスティングは、アタリ、だったんでしょうね。普通のOLがのし上がっていく、というドラマ。このぎらぎら感が、この女優さんの今後のキャリアにどう影響してくるのか、この人はどんな風にリサイクルされていくのか、ちょっとヘンな意味で、今後が気になる役者さんです。ヘタすると、セーラームーンの悪役(杉本彩)とか、忍たまミュージカルの常連(岡本夏生)の道にも行きかねないけどなぁ。海老蔵さんとはちゃんとお付き合いした方がいいだろうなぁ。余計なお世話だ。すみません。