東京室内歌劇場新春メンバーズコンサート2016〜楽しむこと、楽しませること〜

1月10日(日)、女房が出演する東京室内歌劇場の新春メンバーズコンサートに行ってきました。歌い手が楽曲を楽しんでいて、お客様にもそれがしっかり伝わって、会場全体がとても温かな空気で包まれた、新年らしい演奏会でした。
 
第1部 『世界 歌の旅』

ソプラノ:新井千惠、井口慈子、尾形晃子、岡田智子、金谷佐江子、黒澤陽子、塩谷靖子、武田美保、湯澤靖子
テノール:斉藤忠生、齊藤義雄
バリトン:西義一、馬場眞二、明珍宏和
ピアノ:田中知子、徳富香恵、鳥居礼子
 
第2部 オペレッタ『市場のかみさんたち』

指揮:新井義輝
ピアノ:遊間郁子

魚屋のポワルタペ夫人 : 大津佐知子
八百屋のマドゥ夫人 : 小畑秀樹
八百屋のブールフォンデュ夫人 : 小川嘉世
鼓笛隊長のラフラフラ : 行天祥晃
果物売りのシブレット : 加藤千春
コックのクルトポ : 吉田伸昭
警察署長 : 篠原大介
お菓子売りの女 : 新井千惠
野菜売りの女 : 清水菜穂子
洋売りの女:田辺いづみ ほか
ステージング・振付 : 江夏淳
稽古ピアノ : 久保晃子

企画・制作
清水菜穂子、田辺いづみ、一般社団法人東京室内歌劇場
 
という布陣。

第一部は、冒頭の美しき青きドナウから、バラエティ豊かな曲が次から次へと披露されて、次はどんな曲が出てくるのか、と最後までわくわく聞いていたんですけど、とにかく男性陣のパフォーマンスのクオリティが高く、圧倒された感がありました。大好きな「仮面舞踏会」のレナートのアリアを色彩豊かに歌われた馬場さん、有名な「魔王」を端正に歌われた明珍さんの歌唱に、改めてこの曲の魅力を再認識。自分もちゃんと勉強してこの歌歌えるようになりたいなー。

何と言っても圧巻だったのは、シュトルツを歌われた西さんと斎藤忠生さん。西さんが歌われた「名残のばら」は、以前私も挑戦したことがあったのですけど、何気なく歌われているようで、実はものすごく難しい曲。それを滋味深く、さりげなく歌われる円熟の歌唱に感動。一生かかってもあんな風には歌えないよなー。そして第一部の最後を締めくくったのは、斎藤さんの色気とサービス精神にあふれたシュトルツ。ウィーン・オペレッタは、こういう味のあるオヤジたち(失礼)が歌わないと本物感が出ない、と再確認。会場もいい感じに温まって、第二部の「市場のかみさんたち」を待ち受けます。

第二部、せんがわ劇場でこの演目を上演した時と同じように、会場全体をパリの街角に塗り替えようとばかりに、客席から続々と登場する歌い手=市場の売り子たち。一度せんがわ劇場で上演して既に自分のものにしている、という自信と、歌い手さんたちがこの楽曲を心から楽しんでいる雰囲気が伝わってきます。そして、歌い手さんたちのお芝居が上手。物語の核になる3人の市場のかみさんたちの弾けっぷり、難易度の高いソロ曲を軽々とこなしつつ、初々しさまでしっかり表現できる吉田クルトポと加藤シブレットのキュートさ、そして両脇を固める篠原警察署長と行天ラフラフラの安定感。せんがわ劇場で大いに笑わせてくれたキャストの皆さんが、せんがわ劇場よりも大きな伝承ホールという会場に飲まれることなく、むしろその広い空間の中でのびのびと演じ、歌ってらっしゃる様子が本当に楽しそうで、聞いているこちらも楽しくなってくる。そして今回初参加のラフラフラを演じる行天さんの安定の歌唱ととぼけた演技も魅力。

よく言われる話ですけど、音楽は音を楽しむ、と書くのだから、表現する側が楽しくないと、と言います。でもその「楽しさ」というのは色んなレベルがあるんですよね。太鼓を叩いたらいい音がでて、それが楽しい、という子供時代の楽しさから、楽曲の持つ魅力や作曲者のメッセージ、そこから来る感動をしっかりお客様に伝えること、それがお客様に伝わった手応えから得られる充実感、という、高度な楽しみまで。プロの表現者というのは高度な楽しみを目指すべきなのは当然なんだけど、そのプロセスは決して「楽しい」ことばかりじゃない。いくら努力しても再現できない音型、さばけない言葉、ハモらないアンサンブル、色んな困難や技術的な壁を「全然楽しくない」努力の積み重ねで乗り越えて、自分の伝えたいものが伝わった時の喜びが、「楽しい」。

オッフェンバックの楽曲は、バカバカしくて楽しい曲ではあるんだけど、細部に緻密な計算や難易度の高いパッセージなどが仕込まれていて、これがきちんとクリアされないと、バカバカしさがしっかり客席に届いてこない。そういう仕掛けを丁寧にクリアしていく歌い手の皆さんの高い技術のおかげで、お客様が楽曲を心底楽しむことができました。その様子が歌い手の達成感につながって舞台上も楽しい。まさに会場全体が、とても高いレベルで、「音を楽しむ」ことができた、そんな時間だったような気がします。

女房にとっては、東京室内歌劇場の初舞台だったこの「市場のかみさんたち」。前回は多少、初心者マークなりの緊張や手探り感があったけれど、再演ということもあり、大好きなオッフェンバックと懐かしい共演者に恵まれたこともあり、自信と安定感のある演技と歌唱だったと思います。お疲れ様でした。


終演後、マドゥ夫人の小畑さんとシブレットの加藤さんと一緒に。2016年、こういう充実した時間と空間を、素敵な共演者と温かいお客様と共有できていける一年でありますように。