シャンソン・フランセーズ8~バランス感覚なんだなぁ~

昨日、渋谷の伝承ホールで開催された、東京室内歌劇場コンサート、シャンソン・フランセーズ8、「イストワール」を見てきました。今日はその感想を。とにかくバランスがものすごくよくて、過去のシャンソン・フランセーズの中でも出色の舞台だったのでは、と思います。

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第八回目の今回は、「イストワール」(歴史)というタイトルのもとで、パリの歴史をたどりつつ、そのパリが経てきた時間を象徴するノートルダム寺院の火災からの復興を祈る第一部と、最近鬼籍に入ったフランスシャンソン界の巨匠たちを偲ぶ第二部、という構成。どちらもテーマ的には、ちょっと重たい感じ。冒頭、シンセサイザーで重厚に演奏されたフォーレのレクイエムから始まって、田辺いづみさんが歌われた「ミゼリコルド」が、重苦しい鐘の音と共に、歴史に翻弄される人生の悲惨とつかの間の光を歌い始めた時から、今回はこういう空気感で行くのかなぁ、とちょっと身構える。

でも、テーマが重くても、耳になじみのある曲を入れたり、シャンソン・フランセーズ定番のコミックソングで客席を爆笑させたり、という変化に富んだプログラムで、客席までどんよりと沈んでいく感覚がしない。「ミゼリコルド」が重厚で宗教的な曲調の中に突然小唄風の軽い調べが現れるように、ユダヤの迫害が重く歌われたあとに、リベルタンゴが自由を歌い、辻馬車がフランス流の諧謔を歌ったりする。このプログラムの自在な感じ、バランス感覚が本当に素晴らしい。特に、フランシス・レイミシェル・ルグランなどの耳になじみのある有名曲と、プロデューサーの田中知子さんが傾倒している昭和歌謡の名曲やコミックソングで構成された第二部は、次に何が出てくるんだろう、という高揚感で、最後まで本当にワクワクしっぱなしでした。そういう楽しみ方がしたくて、今回あえて、パンフレットに書かれたプログラムを見ずに舞台を見ていたのもよかったのかもしれませんが。

第一部のラストの三橋千鶴さんの「愛の讃歌」と、第二部のラストの和田ひできさんの「愛の閃く時」、そしてフィナーレの「生きる時代」が、テーマに沿ったメッセージ性の強い歌で、客席で涙するお客様がすごく多かったのだけど、でも多分、テーマに沿った曲だけを並べて、これでもか、と歌い連ねても、お客様の心に届いてこないんだよね。押すばっかりじゃなくて、ちょっとすっと引いたところから、急にバズン、と直球を投げ込まれると、笑いで無防備になった心の真ん中に、どすん、と響いてくる、そんな感じ。ちょっと昔の中島みゆきさんのオールナイトニッポンの、散々笑わせた後で、番組の最後に、ずしん、と重たいメッセージをぶつけてくる感じを思い出したりして。

過去のシャンソン・フランセーズからずっと続いている気がするんですけど、すごく真面目に言いたいことがあるんだけど、ちょっと照れ臭くって笑いにごまかしてしまう、みたいな、なんとも人間臭い感じがこのシリーズにはあって、そこがもの凄く好きなんですよね。今回のプログラムで、そういうちょっと「すかした感じ」みたいな感覚が、個人的にクリーンヒットしたのが「甘いささやき」。オリジナルは、女性歌手が一人で歌う曲に、アランドロンがたまらなく甘いセリフをささやき続ける、という曲なのだけど、今回の舞台では、この女性歌手のパートを二人の女性で歌い分ける、という構成になっていて、愛の誓いの言葉をつぶやく男の甘いセリフが、さっきまでこの人に言ってたのと同じセリフを別の人に言う、という形になって、一気にうさん臭くなっちゃって大笑い。元の歌詞も、「むなしい言葉ばっかり並べるんじゃないわよ」という歌なので、そのメッセージが笑いと共に強調された感じ。

メッセージをしっかり客席に届ける上で、笑いってのが大事、としても、なかなか本当に笑えるようにパフォーマンスを「やり切る」のって大変なんだけど、その点でも今回の歌い手たちは素晴らしかったです。コミックソングからぱっと華やかなヒットソング、昭和歌謡からがっつり本気のシャンソンまで、バラエティに富んだプログラムを、どの曲も一つも手を抜かずに、見せ方まで含めてがっつり「やり切っている」感じがすごくよかった。オペラ歌手と言われる人たちには、自分に言い訳しながら歌ってるのがはっきり見えて客席が白けてしまう歌い手も結構いるんだけど、今回そういう歌い手は一人もいなくて、どの曲にも全力投球。だから、余計にプログラムのバランスの良さやメッセージがしっかりこっちに伝わってくる。

あとは、アンサンブルのバランスがとてもよかったです。こういう演奏会だと、歌い手の皆さんが忙しい中で練習時間を調整して本番を迎えるので、全員でのアンサンブルがかなり悲惨な出来になることが結構あるのだけど、今回は全員合唱のアンサンブルのハーモニーががっつり決まっていてそこも素晴らしかった。

前回この日記で、舞台表現に対して愚直に真摯に取り組むことの大切さ、みたいなことを書きましたけど、今回の舞台では、自分がやりたいこと、伝えたいことをお客様に伝えるために、どこかで自分のやっていることを客観的に分析する冷静さと、何よりバランス感覚が大事なんだなぁ、というのをすごく感じました。

二番目に言いたいことしか言えないから、歌を歌ったり絵を描いたりするんだ、という星野富弘さんの詩がありましたけど、実は逆で、一番目に言いたいことをはっきりそのまま言っちゃったら、意外と人にはちゃんと伝わらないのかもしれない。だから僕らは歌を歌うのかもしれないね。その方が、一番言いたいことがしっかり伝わるのかも。そんなことをちょっと考えたりしました。

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出演者全員集合写真。田中知子さんのFACEBOOKから、ご本人のご了解をいただいて転載。皆様お疲れさまでした。女房がまたまたお世話になりました。時間を忘れて、時間についてしっかり考えることのできた素敵な時間を、ありがとうございました。