東京室内歌劇場スペシャルウィーク「利口な女狐の物語」〜居心地が良い〜

女房が出演した東京室内歌劇場の「利口な女狐の物語」、3月16日の千秋楽の舞台を見てきました。せんがわ劇場という場所、演目、アンサンブルのクオリティ、色んなものが「丁度良い」塩梅に溶け合った、何とも居心地の良い舞台を楽しむことができました。
 
指揮:佐藤正浩/演出:飯塚励生
 
キャスト:
森番・・・杉野正隆
女狐ビストロウシュカ・・・中川美和
雄狐ズラトフシュビーテク・・・上田桂子
森番の妻/ふくろう・・・三津山和代
校長/蚊・・・三村卓也
神父/あなぐま・・・篠原大介
行商人ハラシュタ・・・岸本 大
犬のラパーク・・・延命紀子
宿屋主人パーセク・・・中村祐哉
宿屋の女房パスコーヴァ/きつつき/森番の息子ぺピーク・・・海野美栄
雄鳥/かけす・・・大津佐知子
めんどりのホホルカ/ぺピークの友達フランチーク・・・中島愛
 
<子役:Want2SINGers>
コオロギ・・・森岡春華
バッタ・・・井口礼菜
かえる・・・黒須哉々
子ビストロウシュカ・・・黒須 稔
子ギツネ達・・・小田川 陽南/田中 黎/福島 聖菜
 
合唱指導:飯塚純子
演奏:
ピアノ・・・松本康
ヴァイオリン・・・鎌田 泉
フルート・・・遠藤まり  
 
<スタッフ>
副指揮:福嶋周平/舞台監督:幸泉告司(株式会社アートクリエイション)
照明:辻井太郎(有限会社舞台照明劇光社)/衣裳:下斗米大輔(株式会社エフ・ジージー
メイク・ヘア:きとうせいこ/制作統括:大島洋子、太刀川悦代
 
という布陣でした。

利口な女狐の物語」は、ボヘミアオペラの来日公演で初めて見て感激して以来、なぜかこれが三回目の観劇。なんか私のオペラ観劇は偏っているんですよね。「オテロ」はなぜか3回くらい見ているけど、なんと「リゴレット」を生で見たことがない、とか、それでオペラが好きです、なんて言えないような偏食ぶり。その中で、なぜこんなマイナーなオペラを3回も見ているのか、といえば、好きだから、としか言いようがない。吉田秀和先生が「オペラ・ノート」の冒頭で、好きなオペラの筆頭にあげたこのオペラ。隠喩とか擬人化、という文学的技巧は超越してしまって、人間と獣が渾然一体とした「自然」そのもの、としか言えない世界。さっきまで蚊だった人がインテリ然とした校長先生になり、アナグマだった人が神父様になって女狐だか村のアイドルだかもう分からなくなった女の子への恋心を歌う。全てが自然の大きな輪廻の流れの中の小さな渦巻のように、時に生まれ、時に消えるうたかたの華やかさとはかなさをはらみ、そして、生死を超越して永遠に続く生命の鎖への畏敬と讃歌に満たされる。前半の狐の結婚式のシーンと、森番と獣たちが森そのものに溶け込んで一体となるラストシーンでは間違いなく涙が出てしまう。

指揮の佐藤正浩さん、ピアノ・バイオリン・フルートという編成の伴奏は、最小限の編成なのだけどその「永遠に続く時の流れ」を感じさせる豊かさと流麗さに満ちていてブラボー。これがピアノだけだとそうはいかなかったし、バイオリンだけでフルートがないと、風や木のざわめきのようなぬくもりが出てこなかったでしょうね。ビストロウシュカの中川さんはじめ、キャストの方々も大熱演でしたが、個人的には森番の杉野正隆さんの、まっすぐで何の気負いもてらいもない、それでいて森番そのものの見事な歌唱にしびれました。第一声から、「この人が森番」と思わせるもんなぁ。日生劇場の小森輝彦さんの森番もよかったけど。三津山和代さんの存在感も大好きだし、篠原大介さんもあなぐまそのものって感じでした。なんか低い声のひとばっかりですね。自分がバリトンだからそういう声の人に耳がいってしまうんだよね。子役もかわいくて、ラストのカエルのソロとか、ただでさえ泣けてくるのに子役に歌われると「やられた」としか言えなくなってしまう。

褒めちぎってますが、小劇場である、というのはやっぱり怖いことで、決して単純とはいえないヤナーチェクの音楽で、アンサンブルには時々粗さも見えましたし、子供たちはすごく頑張ってましたが子供たちのパントマイムだけで舞台上のかなりの時間を埋める、という演出にはちょっと見ていてつらいものもありました。大人の歌い手も、変拍子の歌を歌いながら踊る、というのは相当しんどそうで、しんどそうだな、というのが客席に伝わってしまう時もなかったわけではない。それでもそういう粗さも補ってあまりあるのが、飯塚励生さんの世界観と、その空間造形感覚。東京室内歌劇場のページに舞台の一場面の写真が出ていました。本当に綺麗だったなぁ。
http://www.chamber-opera.jp/items/view/369/

「市場のかみさんたち」の時にも、舞台と客席が一体化する小劇場ならではの演出で、世紀末パリにタイムスリップさせてもらって、そのトリップ感覚に魅了されたけど、今回は、獣の生活空間と人間の生活空間が小劇場という場所で客席まで巻き込んで一体化する、という、もう諸星大二郎の「生物都市」のような何もかもが溶け合ったシュールで不思議な心地よい世界。森が一瞬で酒場に変わった時には思わずため息が出ました。衣装も秀逸で、獣っぽさと人間っぽさのそれぞれの存在感が見事に調和した素晴らしいセンス。唐木みゆさん描くパンフレットのイラストも本当に素敵。


このイラストで手ぬぐいも販売されていました。我が家は2本購入。1本は出演者のサイン入り。いいだろー。

このオペラがとにかく好きで、このせんがわ劇場という空間がとにかく好きで、このシリーズに出られることがとにかく嬉しい、と言い続けていたうちの女房は、本当に楽しそうに、雄鶏とかけすを演じておりました。雄鶏の演技もよかったし、雌鶏さんたちとのアンサンブルも秀逸。かけすとふくろうの掛け合いの場所が、私の座った席のすぐわきの通路で、私の耳元で三津山さんが歌いだした時には小劇場ならではの至福の時間を楽しませていただきました。

東京室内歌劇場のせんがわ劇場シリーズは、女房が東京室内歌劇場に入る前、田辺いづみさんが出演された「ジャンニ・スキッキ」から見ていますから、「市場のかみさんたち」「利口な女狐の物語」と、これで3作目になります。こうやって並べてみても、その選曲のセンスのよいこと。せんがわ劇場という小劇場空間で、客席と舞台の距離が短く、結構アンサンブルのアラがはっきり見える条件下で、あえてアンサンブルオペラ・オペレッタを聞かせよう、という志の高さ。それにしっかり答える粒ぞろいの歌い手さんたちのパフォーマンスを、こんな身近で楽しむことができるのも魅力。二期会公演や、新国立劇場の大舞台ではほとんど取り上げられることのない佳品が楽しめるのも嬉しい。客席も満席でしたし、人気のシリーズのようなので、このシリーズがずっと続くと本当にいいなぁ、と思います。何より、こんな楽しいシリーズが、我が家から2〜30分くらいでいけるご近所の劇場で開催されているってのが嬉しい。出演者のみなさん、関係者のみなさん、本当にお疲れ様でした。女房が大変お世話になりました。このシリーズが、せんがわ劇場の人気演目になって、調布に根付いてくれるといいなぁ、と、調布市民の一人として心から思います。


ほっと一息の終演後の女房(雄鶏)。お疲れ様でした。またこの場所に戻ってこれるように、頑張りましょう。