東京室内歌劇場「シンデレラ」・江東オペラ「ドン・カルロ」~作り手の思いはしっかり客席に届くんだ~

令和最初の日記は、平成最後に連ちゃんで見た2つのオペラの感想を一気に。4月27日、せんがわ劇場で見た、東京室内歌劇場「シンデレラ」と、4月28日、女房が出演した、江東オペラ「ドン・カルロ」の感想を。まずは「シンデレラ」から。

 

指揮:新井義輝

演出:飯塚励生

ピアノ:遊間郁子

フルート:遠藤まり

ヴァイオリン:澤野慶子

チェロ:三間早苗

キャスト:

 サンドリヨン:里中トヨコ

 ド・ラ・アルティエール夫人:三橋千鶴

 シャルマン王子:橋本美香

 名付け親の妖精:中川美和

 ノエミ:小川嘉世

 ドロテ:加藤麻子

 パンドルフ:杉野正隆

 王:古澤利人

 大学長:佐藤慈雨

 儀典長:松井康司

 総理大臣:渡辺将大

 精霊たち 1:安陪恵美子

 精霊たち 2:橋本奏

 精霊たち 3:本田ゆりこ

 精霊たち 4:音羽麻紀子

 精霊たち 5:久利生悦子

 精霊たち 6:矢口智恵

 

 という布陣でした。

 

マノン作曲「サンドリオン(シンデレラ)」というオペラは、女房が東京シティオペラでタイトルロールを演じさせていただいた舞台を拝見してから、大好きなオペラになりました。その後、METでも初演された舞台がライブ・ビューイングで上映されたり、世界的にも再上演の動きが出てきている感じ。以前の日記にも書いたけど、単純なおとぎ話の物語に留まらず、純粋な少女の思いの強さが奇跡を生み、その奇跡が生んだ愛がさらなる奇跡を生んでいくスパイラル構造が、原作にない、夢の世界をさまよう王子様とシンデレラの出会いと告白の幻想的なシーンを挿入することによって、より明確に描かれている、とても美しいオペラです。かなり観念的なところが、さっぱりとエンターテイメントに徹したロッシーニの「チェネレントラ」とはちょっと違う。そして、ライトモチーフをちりばめたマスネのメロディが本当に美しくて、シンデレラが「素敵な王子様」と呼びかける旋律が出てくるたびにウルウルしてしまう。

女房が出た舞台とMETのライブビューイングも合わせると、今回の舞台でこのオペラは4回目の観劇。それぞれの舞台はそれぞれに持ち味があって面白いんだけど、今回は、せんがわ劇場という舞台の特性もあり、一人一人の演者のキャラクターが非常にくっきりと客席に伝わってきた気がしました。東京室内歌劇場のせんがわ劇場のシリーズは、2012年の「ジャンニ・スキッキ」以来全ての公演を見ていると思うんだけど、今回は過去の公演と比較しても、舞台装置が非常にシンプルで、歌い手の演技表現以外の演出的な要素が削ぎ落されていた感覚があり、それが余計に、演者の個性が真っ直ぐ客席に届いてきた一因のようにも思います。いくつもの銀の円盤だけで出来上がった舞台装置は、途中の照明の演出も加わってシンプルながらとても印象的だったですけど、それ自体が強烈に主張してくるのではなくて、あくまで演者の背景として存在していた。そんな中で、演者の演技以外に舞台を鮮やかに印象づけていたのが、衣装。奇抜なことは全然していなくて、非常にきちんと作り上げられた衣装だと思うのだけど、妖精の衣装は、照明の演出効果が最大限に活かせるように、さりげなく嫌味なく光の刺繍がほどこされていたり、カリカチュア的に作り上げられたイジワル姉妹の衣装や、丁寧に作りこまれた王子様の衣装、フレディ・マーキュリーの扮装をちょっと取り込んでみる遊び心など、ファンタジーとリアリティをしっかりと描き分けて見事でした。衣装担当の下斗米大輔(株式会社エフ・ジージー)さんにブラボーです。

そして演者の皆さんそれぞれに本当にキャラが立っていて素晴らしかった。ドラマのキーマンであるお父さん役の杉野さんの安定感、万年筆女子会でもまろやかな声でお客様を魅了している橋本さんの王子様の凛々しい美しさ、そして里中さんの、しっかりコントロールされた品格ある所作の美しさ、その他の皆さんも、合唱陣含めて本当に素敵だったのですけど、なんといっても、なんといっても(大事なところなので三回言いますが)、なんといっても、三橋さんのイジワル継母が最高!。ただ舞台に出てきただけで笑いが起こり、一言ちょっと歌っただけで客席が沸く、こんなお母さん役見たことないです。本当にすごかった。

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美貌の王子様にすりよる怪しい中年男。橋本さん、皆さま、お疲れ様でしたぁ。そして後方のお母さまが素敵だわ。

 

 続いては、女房が出演させていただいた、江東オペラ「ドン・カルロ」。

指揮:諸遊耕史

演出:土師雅人

出演

 ドン・カルロ:小貫岩夫

 エリザベッタ:津山恵

 フィリポ:高橋啓

 ロドリーゴ:山口邦明

 エボリ公女:田辺いづみ

 宗教裁判長:追分基

 テバルド:大津佐知子

 カルロ4世:松澤佑海

 レルマ伯爵:斎木智弥

 布告者:津久井佳男

 天使の声:高山由美

 演奏:江東オペラ管弦楽団

 合唱:江東オペラ合唱団

 

という布陣でした。

 

今回女房が参加させていただく前から、江東オペラ、という団体がある、ということは聞いていたのですが、今回、参加した女房から、「とにかく舞台の完成度がすごく高い」と聞いていて、期待胸いっぱいに会場に向かいました。そして期待を裏切らないクオリティに感激。昔お世話になった大田区民オペラといい、埼玉市民オペラといい、地元の調布市民オペラも素晴らしいというし、市民オペラって本当にすごいんですね。

ドン・カルロ」というオペラは、はっきり言って話としては完全に破綻していると思いますし、ちょっと重たすぎてオペラらしい華やかさに欠けるかな、という気がします。同じように話が完全に破綻している「トロヴァトーレ」のように、華やかな合唱シーンや戦闘シーンがあるわけでもないし、「アイーダ」のようなスぺクタクルシーンがあるわけでもない。でも、ものすごく素晴らしい音楽に満たされている、という点では、「トロヴァトーレ」と同じで、結果として、「ドン・カルロ」全幕上演を日本で見る機会って、来日公演以外では大変少ないのでは、という気がする。どうしてもハイライト上演など、美味しい所だけを取り出した上演になってしまう。

なので、なんと今回の主要キャストのほぼ全員が、初めて全幕上演に挑戦したのだそうです。アリアや二重唱などを抜粋で歌ったことはあっても、全幕通し、というのは初挑戦。それが逆に、今回の舞台のクオリティをすごく上げていた気がするんですね。出演者全員が、一期一会のこの機会に正面からぶつかってやろう、という気迫に満ちていて、その気迫が、客席にまでガンガン届いてきた気がする。

そういう出演者の気迫に、市民オペラらしく、関係者皆さんが、舞台に注ぎ込むエネルギーで応えている感覚があって、合唱団員の方々一人一人の熱演も含めて、舞台の熱量がとても高かった。それが最高潮に達したのが、なんといっても高橋恵三先生のフィリポ二世のアリア。先生の歌唱も本当に素晴らしかったのだけど、オケのチェロのソロが素晴らしくて、三幕冒頭のチェロのむせび泣きで思わず落涙してしまう。こんなの初めて。

唯一残念だったのが、字幕。ただでさえ複雑に絡み合った歴史ドラマで、セリフの一つ一つに隠喩とか婉曲表現が多く、直訳しても全然意味がわからない歌詞が多いのに、直訳調の上にかなり誤字脱字が多かったんですよね。字幕って結構時間がかかるし、難しいんだよなぁ。きっと校正の時間がなかったんだろうな、とは思うんだけど、ラストのデウス・マキナであるカルロ4世の亡霊の歌詞で、「天上で救われる」という言葉が、「天井」とタイポされたまま映写されてしまって、ラストのラストですごく残念だった。

重苦しいオペラの中で一服の清涼剤になるのが、うちの女房が演じたお小姓テバルドで、貴族の品格と、幼いながらも武人としての佇まい、でも一方でキュートな無邪気さも併せ持った少年を、過不足なく演じ切っておりました。有名なエボリ公女との二重唱では、初役に挑戦した盟友田辺いづみさんの気迫をしっかりと支えていましたし、フランドルの民の直訴シーンでは、Tuttiをズドンと突き抜けてくるエリザベートの津山さんの声ときれいに一体化していました。

作り手の想いっていうのは結構ダイレクトに客席に飛んでくる。一人一人が、この舞台でこの歌を歌ったら、またいつ歌えるか分からないぞ、という思いで、一音一音、ひと声ひと声を大事に大事に精いっぱい歌っている気持ちが、客席にガンガン届いてきて、なんだか胸がいっぱいになりました。江東オペラの皆様、女房がお世話になりました。これからも何卒よろしくお願いいたします。

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エボリ公女さまと。いい現場に参加できてよかったね。