家族3人そろって、改めて、日本は明るすぎたのでは、と。

昨日、5年生を終えた娘と女房が渡米、家族3人のNJ生活が本格的に始まりました。女房のご近所での移動の足となる自動車を購入したり、娘の入学のための検診を受けたり、携帯電話を確保したり、と、今日一日は家の近辺でばたばたと過ごす。いつも一人で過ごしていたリビングでパソコン仕事をしていたりすると、二階で人の気配がする、というのがちょっと新鮮だったりする。

女房は、夜のNJの町をドライブしながら、「節電中の東京はこれより明るいなぁ」とつぶやく。アメリカの町は暗いけど、別に十分明るいです。ご存じの通り、室内の明かりも、日本みたいに煌々と明るくないけど、生活するには十分明るい。前にも書いたけど、タングルウッドからNYに戻る高速道路には、街灯が一本もない。反射灯だけを頼りに走るのだけど、それでも十分走れる。ちょっと怖いんで、多少街灯つけてくれんかな、とは思うけどね。

世界一明るく、世界一豊かな街、東京を作り上げたことは、日本人が誇りにしていいこと。でも、ほとんど過剰なばかりに集中的に供給されてきた物資とエネルギーの補給が断たれた時に、もう一度立ち止まって、「こんなに必要なのかな」と考えることは、決して悪いことじゃないと思う。こちらでは、日本のように、小さな商店までが明るい蛍光灯やネオンに飾られた看板を掲げている、なんてことはありません。日本なみのネオンが輝いているのは、タイムズスクエア近辺くらいで、それ以外のエリアの商店は、ほとんどネオンサインなんか出してない。それでも人間は生きていけるし、治安だって十分守れるはず。

新しい国づくり、新しい都市作りには、時間も知恵も必要だし、政治家が頼りにならないので、自分たちでやれることを草の根レベルでやっていくしかないんだろうけど。うすぼんやりと暗いNJの街で、家族3人で暮らしていく中で、いつか日本に帰った時に役立つ知恵を身につけていければ、と思います。