やれといわれれば

「首相が「最後のとりで」と期待する自衛隊の幹部は「やれと言われればやるのが我々の仕事だ」と語った。」

Webページで見つけた新聞記事の一節です。この日記で数日前、東京電力を責めないで、という記事を書きましたが、色んな情報が集まってくるにつれて、少し表現を変えざるを得ないのでは、という気がしてきました。現場の人たちを責めないで。上層部は責任をしっかり取って。

現在の事故現場の放射線量では、地上からの放水のために現場に近づく自衛官も、電源復旧作業にいそしむ東電職員も、自分の命を危険にさらさざるを得ません。彼らは、福島原発潜在的リスクを長年放置してきた東電上層部と政府の犠牲者です。上層部が判断をしない、責任を回避する、問題を放置する。そのために引き起こされた結果に対して、命をかけるのは現場の人間。太平洋戦争の時、南洋で繰り広げられた悲惨な愚行が、ここでも繰り返されている。何が起こるか分からないのなら、何も起こらないだろうと思って目をつぶれ。何か起これば、現場の人間が犠牲になればいい。いつまで同じ過ちを繰り返すんだ、この国の決定権者たち(決定しない権者たち?)は。

現場の人間は誰かに責任をなすりつけることなんかできない。やれと言われたことを、やるだけ、といいつつ、目の前の危険に足を踏み入れるか踏み入れないかは、その場で自分で決めていくしかない。自分の命をかけてでも、守るべきものがある、そのことを目の前の自分の行動で示していくしかない。そういう逃げ場のないところにいる現場の人間の思いを、犠牲を、どうやって受け止めるつもりなのか、はっきり示してもらいたい。放水車を運転して現場に向かうべきは東電の上層部なんじゃないのか。はい、かなり怒ってます。