高いってば

ファウスト」の練習、ぼちぼち進んでおるのですが、やればやるほど危機感は募る。ヴァランティン、という役の声域は、私にとってはとにかく高い。最高音はGで、それも一瞬だけ、というのじゃなくて、ずっとヘ音記号の五線の上、Cから下に下がってこない。こんな高音域で勝負するのは初めて。

ずっとバスバリトンの声域で勝負してきたので、Cよりも上の音が出てきただけで、体が身構えてしまう。練習のたびに、指揮者もピアニストもダメだし女房も同じソリストのT君も寄ってたかって、力んでるよ、とか、もっと力を抜けば、とか、もっと楽にだせば、とか、音程が悪い、とかコテンパンに言われておるのだけど、そういうのって本当に簡単には治らないんだよなぁ。ゴルフをやらないのでよく分からないけど、どうしても球筋が安定しない人に対して、「もっと体の力を抜いて」といってもなかなか治らないのと同じ。

たぶん、どこかできっかけがあって、ふっと吹っ切れるものなのかな、という気がしているのだけど、そのきっかけが果たして本番までにちゃんと訪れてくれるんだろうか、という不安がなかなか消えません。実際、前回の「エレーヌ」の時にも、Cシャープあたりの音をやわらかく出す、というフレーズでやっぱり力んでしまって、本番直前まで治らなかった。いくらやってもうまくいかない。ほとんど諦めかけていたら、直前の通し合宿でふっと体の力が抜ける瞬間があって、それ以来楽に出せるようになった。

今回そういううまいきっかけが来てくれるものかどうか、なんとも言えません。もともとの持ち声はかなり軽い硬質な響きなので、師匠からは、「あんたは絶対テノール!」と太鼓判を押されていたりするのだけど、でもやっぱり高音は出ないんだよぉぉぉぉ。

と言いながら、だからといって「オレには無理なんだよ、フン」と開き直ってしまうと、絶対にその「きっかけ」は訪れてこないんです。天は自ら助くものを助く、というのはここでも真実なんだよね。ああでもない、こうでもない、と色んなポジションやフォーム、歌いまわしだのなんだのを試して試して、あるとき頭を真っ白にした瞬間に、ふっときっかけがやってくる。それまではひたすらにあがき続けなければ。

バランティンの歌は実に美しいメロディーに満ちていて、ものすごくやりがいがあるのも確か。というか、グノーの「ファウスト」って、本当にどこを切り取っても美しく心沸き立つメロディーだらけで、どれもこれもやりがいのある歌ばかりです。やりがいはある、でもハードルは高い。何度やっても超えられないハードルだけど、本番までに、ふっと体の「腑に落ちる」瞬間が来ることを信じて・・・とりあえず前に進みましょう。