楽しかったなぁ

「エレーヌ」終わりました。あいにくの雨天の中、沢山のお客様にご来場いただきました。お一人お一人に、感謝感謝です。ありがとうございました。

毎回の練習会場では、本番会場の舞台に立った時の自分を常に頭の中でシミュレーションしているわけですけど、実際に本番会場に立つ、というのは全く別のものです。金曜日の仕込みの時に、舞台上に立って客席を見回した瞬間に、自分の中にある演技のイメージや、歌のイメージが、さぁっと会場全体に広がっていくような、そんな感じがする、それがわくわくと楽しい。

何もなかった舞台に、どんどんと山台が組まれ、巨大な階段が立ち上がっていきます。今回は過去のガレリア座の舞台の中でも最も大掛かりな装置。それを、新宿文化センターの中にある山台などの既存施設をフル活用して組み上げていこう、ということで、文化センターのスタッフであるSさんが、工夫に工夫を重ねて設計された大作。そのSさんと、同じく文化センターの舞台周りの主であるKさんが、汗みどろになりながら、「あれをここで、これをあそこに」と指示を出す。その指示に従って、団員一同で力を合わせて、吊り物や大道具を仕込んでいきます。

団員の一人に、昔、関西二期会で歌ってらっしゃったご経験のある素敵なおばさまがいらっしゃいます。この方が、

「プロの歌い手なんかねぇ、体の疲れがたまらないように、直前の練習すら全力ではやらないし、ましてや、舞台の仕込みを歌い手さんが率先してやる、なんてありえないよねぇ。そうやって体が疲れちゃったら、直接声に影響するっていうのに・・・みんな本当にすごいよねぇ」

と感心し(というか、あきれ?)てらっしゃいました。ガレリア座が団員自身で舞台の仕込をやるのは、単純に、外部の業者さんにお願いするお金がないから。それはそうなのだけど、私自身はそのことをもっと違う意味で捉えていたりします。自分が舞台上で演技をする上で、どこに何があって、何がどういう構造になっているのか、というのはかなり大事な情報。無理やり組み込んでいる台ですから、各段の高さが微妙に違っていたりする。作りこみの段階から、「あ、ここは思ったより狭いね」「ここの段だけがちょっと高いんだ」と、自分の演技プランと見比べながら計算していくことができる。

もちろん、そんな知的な理由だけじゃなく、舞台の仕込み、というのは単純に、とっても楽しい作業です。お馴染みの高津舞台装飾さんからお借りした様々な素敵な調度品が届くたびに歓声を上げたり、これまたお馴染みの舞台装置のCCOMさんが製作してくださった色んな吊り物や道具が届くたびに、その美しさにわくわくしたり。そうやって自分たちで舞台を組み上げていくこと自体が、既に「本番舞台」の気持ちを盛り上げていく楽しいプロセス。

舞台が組みあがり、実際に衣装を着けての通し稽古。1週間前からずっとノドの調子が悪く、結局万全の状態にはならないままの本番になってしまいました。舞台袖に、ビックスドロップとペットボトルを仕込む。会場の空気の乾燥状態や、照明の当たり方による温度変化などと相談しながら、ペース配分や水分補給のタイミングなどを考えていきます。やってることはマラソン選手と変わりません。

実際、通し稽古では、1幕後半のクイズ大会のシーンの途中で、ノドがからからに乾燥しそうになる。その直後、1幕フィナーレで大きなソロが控えているので、クイズの答えを考え込んでいる、という芝居の中で、手で口と鼻を覆って腕組みをして、乾燥を防ごうとしたりしてみました。お客様から見たら、なんだか妙な姿勢に見えたかもしれないなぁ・・・もう少し工夫のしようがあったかもしれないんだけど。

自分の中で一番の課題だった、1幕フィナーレでのソロパート。大神官カルカスが、偽の神託を告げる、という、ワーグナーあたりのパロディのような壮大な音楽。上手側にあるオルガン台の上で歌ったのですが、音響のTさんがピックアップマイクで声を上手に拾ってくれたおかげで、とっても気持ちよく歌えました。ノドに無理なく、いい感じのフレーズ感で歌えた気がする。

今回は、オケの人たちとの絡みも楽しかった。GPの日にいきなり私から、クラリネットのTさんに、「ちょっと芝居に絡んでください」とお願い。戸惑いながらも引き受けてくれて、気がついたら木管パート全体でちゃんとお芝居を作ってくださってたようで、そういう遊び心も楽しかった。トランペットのTさんが、本番前にいきなり楽屋にやってきて、「1幕フィナーレのソロパート、どういうイメージでうたってらっしゃいますか?」と聞きにきてくれて、その場で色々と打ち合わせをしたり・・・

ガレリア座、というのは、歌い手もオケも全員がアマチュア団員です。その間に区別はない、とはいえ、オケと歌い手、というのはやっぱりどこかしら壁があるもの。そういう壁が取り払われて、お互いに「ああやったら」「こうやったら」と言い合える、そういう空気が本当に楽しい。

でもそれって多分、「美しきエレーヌ」という演目自体の力のおかげなのかな、という気もします。さっきからこの文章の中に、「楽しい」という言葉が何度も出てくるのだけど、それはまさに、「美しきエレーヌ」という演目自体が、とっても楽しい演目だったからだと思います。馬鹿馬鹿しく面白いのだけどそれだけじゃなく、音楽的にも極めて高度で難しい楽曲。物語自体の楽しさ、音楽の素晴らしさ、そこからインスピレーションを受けたY氏の演出も楽しく、演じていて本当に気持ちよく、本当に楽しかった。

個人的には、2幕途中の芝居で、アドリブで挿入した「夢で遭いましょう」が、想像以上にお客様にウケてびっくり。団塊の世代オペレッタファンの琴線に触れたみたいですね。自分が計算しているところでウケずに、計算していないところでウケる、というのはいつものことなのだけど、今回もそれを実感した舞台でした。

ラストシーンに登場した娘も、たった一人の登場シーン、頑張りました。普通のオペラ公演での子供の登場シーンなら、必ず舞台袖に大人がいて、登場の合図を出してくれるもの。でもガレリア座にそんな余裕があるわけもない。娘は一生懸命フィナーレの歌を覚えて、「みんなが『あのくにで』って歌ったら、出て行けばいいんだよね」とママと確認して、ちゃんとそのきっかけで出てきました。「心臓どっきんどっきんだったよぉ」と言う娘は、打ち上げ会場でみんなの前でコメントを求められて、恥ずかしくって泣いちゃいました。娘の日記には、「舞台に出て行ったら、スポットライトがバーンとあたってびっくりしました。楽しかったです。」だって。

家族総出で挑戦した大きな舞台が終わりました。まだ終わった実感が薄いのだけど・・・とりあえず、一つの大きなイベントが終わった、という充実感と余韻に浸っています。文化センターのSさん、Kさん、音響のTさん、いつもながらの見事なファンタジー世界を作り上げてくれた照明の巨匠、実は同い年のTさん、みんなのマスコットで旗持ちまでやっちゃったヘアメイク、ラルテのRちゃん、Sさん、そしてカリスマMさん、その他の裏方プロスタッフの皆様に心から感謝。

団内スタッフの皆さん。演出助手のAちゃん、職場まで押しかけてすみませんでした。美術監督のYくん、色々ワガママ言ってすみません。舞踏監督のAさん、カーテンコールでスカート踏んづけちゃってゴメン。音楽監督のNくん、なかなか求める音に到達することができなくて、本当にご迷惑をおかけしました。そしてなにより、アシスタントプロデューサのSさん。飄々と、淡々と、でも見事なさばきっぷり、素晴らしかったです。ありがとうございました。

そして、共演者のみなさんたち。「ヘ音ず」と一まとめにされて一緒に苦悩しつづけたHさん。アガメムノンのキャラは最高でしたね。久しぶりの復帰ステージだったパリス役のTくん。ブランクを感じさせない美声にブラボー。わざわざ計算して合わせなくてもお互いの演技のタイミングがぴったり合って、抜群の安心感でした。そして、メネラウス役のY氏。演出家、プロデューサ、舞台監督まで兼ねての大活躍、本当にお疲れ様。カルカスという役をやらせてくれて、本当にありがとう。メネラウスもバッチリで、本当によかったね。その他の共演者の皆様、私の一人よがりの芝居に振り回された部分も沢山あったと思うけど、我慢して付き合ってくれてありがとうございました。

そして何より、タイトルロールのエレーヌを演じたわが女房どの。自分の声域とは違うところで勝負しないといけない役で、苦労してたと思うけど、毎日毎日深夜まで楽譜と取っ組んだ甲斐がありましたね。本当にお疲れ様。客出しで、全然知らない小さな女の子が、あなたに握手を求めてきた時には、なんだか我がことのように嬉しかったよ。

また一つ、楽しい、本当に楽しい舞台が終わりました。終わったと思ったらまた次のこと・・・と、まだまだ次の楽しいことを求めて、家族3人の舞台道楽は続いていきます。今後とも、ご支援ご鞭撻のほど、何卒よろしくお願いいたします。舞台っていいなぁ。本当にいいなぁ。