常に次のステップへ

ファウスト」公演まであと10日あまり。先週末はGP。今週末はHP(ハーペー、と読む)で、本番まで、通し稽古はあと1回となりました。本番前日からは照明とか場当たりの確認稽古が中心になるから、ほんとに、全幕通して演じられるのはあと2回だけ。

今回もらった、ヴァランタン、という役については、今までやったガレリア座の公演とは全く違うアプローチで作りこんでいった気がしています。とにかく、何よりも、歌を、音楽をきちんと表現することに対して苦闘し続けた半年間だった気がします。

これまでの公演では、自分の得意分野の芝居作りとか、キャラクター作りとか、身体表現といった分野で、役を作っていくことが多かった、というか、そっちをメインにして、音楽は割と片手間にやっていたような気がしています。でも今回のヴァランタンという役では、そういうアプローチが通用しない。とにかくまず、歌を作り上げることから始めないと、次のステップに進むことができない。

GPの前の週あたりから、自分の中でやっと吹っ切れたような感覚が出てきています。ヴァランタンの高音部分を出すのに、「もっと力を抜いて」「鳴らしすぎないで」と言われ続けてきたのだけど、ある時から、自分のスイッチを逆に回してみた。逆に、全編ものすごく「鳴らす」ようにしてみたんです。そういうと誤解されそうなんだけど、力の入れる場所を変えた、というか。

「力を抜いて」とか、「鳴らしすぎだよ」と言われた時に、ムリに響きを飲み込んだり、音量を押さえようとしたりしていたんだけど、そうすると逆にヘンな所に力が入ってしまうし、逆にノドに負担がかかって、すごく力んだ音になっていた気がする。そうじゃなくて、思い切って鳴らしてしまおう、と意識するようにしてみた。自分なりにつかんだ響きのポイントみたいなものを意識して、そこで響いている音を常に豊かに鳴らし続けてみよう。

そうする一方で、音符の長さと変化をもっと意識するようにしてみた。鳴らし続けるときに、与えられた音符の長さの分だけ、しっかり立派に鳴らし続けてみよう。音符の頭だけ、ガンと鳴らしてあとは知らない、というのじゃなくて、一つ一つの音符を最後まできちんと鳴らし続ける。そして、次の音符へのつなぎ目のところで、細心の注意を払って正しい音程に着地する。そして再び、その音符をしっかり鳴らす。それを常に意識して、音符たちを「つなぎ続ける」。

「鳴らそう」「響かせよう」、そして、「つなげよう」と思った時から、不思議と、周りの方々から、「今のはいいねぇ」と言ってもらえる頻度が上がった気がしています。自分としては、出すまい出すまい、と思っていた頃から180度の転換なので、まだおっかなびっくりなのですけど。実際、録音とかを聞いてみると、自分ではガンガン出していて出しすぎじゃないか、と思っていた部分が、意外ときちんとピアノやピアニッシモに聞こえていたりするのに驚く。不思議だなぁ。

でもそうやって思い切って出していくことで、自分でフレーズをコントロールする幅が少しずつ広がっていくような気がしています。先日も稽古場で、演出のY氏が、「もう少し慈愛に満ちた感じにできないかな」なんて言ってきて、こっちは歌い切るだけで精一杯なのに、と泣きそうになったのだけど、どんどん響きを鳴らして、音楽を流していく中で、「ここをもっとふくらませると、慈愛が見えてくるかな」とか、フレーズに色を付けることを考えられるようになってきた。そう思ってやってみると、どんどん音楽が深くなってくる。このフレーズを、ヴァランタンはどういう気持ちで歌っているんだろうか、という所にやっと考えが至る。本番3週間前になって、やっと「役作り」の領域に少しだけ踏み込み始めました。

音楽をとにかくきちんと作りこんでいった果てに、やっと、「役」を作っていくプロセスがある。オペラが他の舞台表現と根本的に違うのはこういうことなのかな、と、本当に理解できたわけじゃないけど、少しだけ分かったような気がします。そういう意味では、「ファウスト」というオペラ、ヴァランタン、という役を、もっともっと掘り下げたいし、もっともっと歌いこみたい。まだまだ色んな試行錯誤があるはず。先日の練習でも、ファウスト役のT君が、「やっぱり1年かそれ以上取り組みたい演目だよなぁ」と呟いていました。彼とは全然レベルは違うけど、もう少し、まだもう少し、ヴァランタンという役の歌の本質に近づいていきたいと思います。