今日は、かなちゃんの幼稚園でバザーが開かれる日です。
かなちゃんの幼稚園のバザーでは、幼稚園のお友達のおうちから、要らなくなったものが、品物として売りに出されます。でも、それだけではありません。幼稚園のお母さんたちが色々と工夫して作った、手作りのおもちゃやお洋服も売りに出されるんです。かなちゃんたち卒園生のお目当ては、こういう手作りの素敵なおもちゃ。もちろんそれ以外にも、楽しい商品が一杯並びます。かなちゃんたちだけじゃなくって、かなちゃんのママたちも、朝からうきうき。会場になる幼稚園のホールには、朝から随分長い行列ができるんです。
そんなわけで、かなちゃんとかなちゃんママが会場についた頃には、会場の中はそんなうきうきしたお客様たちで一杯になっていました。
「かなちゃんは、好きなものを見ててね。ママはあっちの不用品コーナーを見てくるから」かなちゃんママが、きりっとした声で言いました。
「はい。」というかなちゃんの返事を聞く前に、ママはスタスタと不用品コーナーに突進していきました。かなちゃんは、ママは相当気合が入っている、と思いました。ママに負けずに、かなちゃんも、お気に入りの品物を探さなければいけません。お洋服も素敵だし、色とりどりの手作りアクセサリーも素敵。お財布の中には、ママからもらった500円玉が一つ。これでも、十分お買い物が楽しめるんだよね。まずはお洋服から見てみようかな。
かなちゃんが向ったのは、会場の隅の、手作りお洋服コーナーです。綺麗なレース飾り付きのドレス、オリジナルプリント付きのTシャツ・・・どれも可愛いなぁ。サイズもちゃんと見ないと、卒園生には小さすぎるのも多いからね。かなちゃんにぴったりのサイズで、素敵なお洋服はあるかなぁ・・・
と、ハンガーにかかった色とりどりのお洋服を、何気なく触ったひなちゃんの手に、ふわっとした柔らかな手触りが伝わってきました。何だろう?
手にとってみると、それは光沢のあるビロードのような、黒い布でした。ハンガーにかかっているのですけど、これは何でしょう。ドレスでもなく、ワンピースでもなく・・・ゆったりとした襟元を止めるボタンが一つあって、襟元からは豊かなドレープで一枚の黒い布がふわりと広がっています。他には、ボタンもジッパーも見当たりません。
「それはマントだよ」と、可愛い声が言いました。かなちゃんがきょろきょろすると、ハンガーの蔭から、小さな子供が顔を出しました。なんと、その子が身につけているのも、かなちゃんが見つけた黒い布と同じものでした。首もとを黒い大きなボタンで留めて、肩からゆるやかに、つやつやとした布に小さな体が包まれています。その上の小さなお顔が、ニコニコ笑顔でかなちゃんを見ていました。
「マント?」かなちゃんはオウム返しに言いました。「そう着るんだね?」
小さな子はこくんとうなずくと、「買うの?」と言いました。
どうしよう。かなちゃんはちょっとマントを見直しましたけど、大体気持ちは決まっていました。だって、この吸い込まれそうな黒のつややかさと言ったら!布の手触りもやさしくて、ほんのり温もりまで感じます。これはゼッタイに素敵なお買い物だ、と、かなちゃんはすぐ確信しました。
「いくらなの?」かなちゃんが聞きました。
「500円。」小さな子が言いました。
500円か・・・かなちゃんはちょっと考えました。ママからもらったお小遣いは500円です。このマントを買うと、他には何も買えなくなっちゃう・・・でも、今このマントを買わないと、他の人がこの素敵なマントを買ってしまうかもしれません。それは嫌だなぁ・・・
「買います。」かなちゃんは思い切って言いました。ママに後でちょっとおねだりして、他の素敵なアクセサリーとかを買ってもらえばいいや。小さな子はにっこりして、マントをハンガーからはずして、くるくると丸めて、かなちゃんのバッグに入れてくれました。かなちゃんは、小さな子が出した小さなてのひらに、500円玉をちょこん、と載せました。
「ありがとう!」小さな子は言いました。「じゃ、あとで遊ぼうね!」
小さな子はそう言ってにっこりすると、洋服が一杯かかっているハンガーの蔭に、すうっと隠れてしまいました。あとで遊ぶ?どういうことだろう?かなちゃんが不思議に思って、ハンガーの蔭を覗こうとしましたら・・・
「かなちゃん」と、ママの声がしました。「何を買ったの?」
かなちゃんが振り向くと、ママが、紙袋を両手に下げて立っていました。「ママはね、素敵なお皿のセットと、ランチョンマットを見つけたの」ママはニコニコしています。「かなちゃんは?」
かなちゃんが、袋の中から、黒いマントを出しましたら、ママはほおっと驚きの声を上げました。「これはとっても素敵ねぇ。かなちゃんはお買い物が上手だねぇ」
これなら、アクセサリーを少しおねだりしても大丈夫そうです。かなちゃんは振り返って、ハンガーの後ろを覗き込みました。でも、さっきの小さな子の姿はありません。あたりをきょろきょろと眺めてみたのですけど、黒いマントでニコニコしていたあの子は、どこにも見当たりませんでした。「あとで遊ぼうね」って、どういう意味だったんだろう・・・
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おうちへ帰ってから、かなちゃんは早速、その黒いマントを身につけてみました。サイズもちょうどぴったり。肩から腕にかけて、夜空の黒が流れているような優しい着心地です。光沢がある布は軽やかで、体まで軽くなったような気がします。
かなちゃんはすっかり嬉しくなって、「かなちゃん、ピアノの時間ですよ」と、ママがかなちゃんを呼ぶまで、鏡の前で色んなポーズをとったり、踊ったりしました。いいお買い物だったなぁ。
ピアノのお稽古が終わって、おうちに帰ると、町はすっかり夕暮れ時。ママのお夕飯の支度をお手伝いして、二人で夕飯を食べました。今日はパパのお帰りは遅いから、先にベッドに入っていましょう・・・
ママにそういわれて、ご飯を食べて、お風呂に入って、パジャマにお着替えをして、ベッドに入ってはみたのですけど・・・かなちゃんはなんだか寝付かれません。急に、バザー会場で会ったあの小さな子供のことを思い出してしまったんです。
「あとで遊ぼうね!」って、あの子は言いましたっけ。あれはどういう意味だったんだろう・・・?
かなちゃんが、お部屋のベッドで、寝返りを打った時です。「遊びに来たよ!」と、声がしました。
あの子の声です。かなちゃんが飛び起きると、黒いマントをまとった小さな子供が、かなちゃんのお部屋の真ん中で、ニコニコベッドを見上げています。「かなちゃん、一緒に遊ぼうよ!」
「あなた、どこから入ったの?」
「あとで教えてあげるから。それよりまず、あのマントを着るんだよ。」
かなちゃんは、ベッドから降りると、ドアにかけてあった黒いマントを羽織りました。薄暗い部屋の明りの下で、マントの表面がうっすらと輝きます。襟元のボタンをぱちん、とかけると、ふわっと体が軽くなった気がします。ふわんと軽くなって・・・あれ、あれれ?
黒いマントがすうっと広がり、まるで透き通ったシャボン玉のように薄く広がったと思うと、かなちゃんの両腕がぱっと広がって、そのまま黒い翼になりました。マントの光沢をそのままに、かなちゃんの体は小さくなって、つやつやとした毛皮に包まれた、小さなコウモリに変わっていたのです。
「さあ、一緒に行こう!」
さっきの小さな子供もさっと両手を広げ、かなちゃんと同じように、くるん、とマントに包まれたと思うと、小さなコウモリに変身していました。なんて体の軽いこと!まるで紙のようです。子供のコウモリの後について、かなちゃんは羽ばたきました。飛んでる、飛んでるよ!
「こっちに抜け道があるんだよ!」
子供のコウモリは、かなちゃんのお部屋から、となりのパパとママの寝室に飛び込むと、その窓の脇の壁に張り付きました。かなちゃんもその隣に張り付きます。指の先に鋭いつめが生えていて、これをひっかければ、どんなところにも張り付いちゃうんです。便利だねぇ。
窓と壁の間、よくよく見ると、小さな隙間があいています。子供のこうもりは体を平べったくして、その隙間からするり、と外に飛び出しました。かなちゃんコウモリも同じようにして夜の街に飛び出していったのです!
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「昨夜、パパが帰ってから、とってもヘンなことがあったんだよ」
翌朝、学校に行く途中の道すがら、パパがかなちゃんに言いました。
「どんなこと?」パパの2・3歩前で、2ステップを踏みながら、かなちゃんが言いました。
「あのね、パパがおうちに帰ってきて、さて、顔を洗おう、って思ったら、洗面所の壁にね、小さなコウモリが張り付いてたんだ。ママに言ったらキャーキャー怖がって大変だった。パパが、バケツを持ってきて、そのコウモリにかぶせて、外に逃がしてやったんだ。一体どこから入ってきたんだろう。コウモリが入り込むような場所、うちにはないはずだよねぇ。パパとママが大騒ぎしていたから、かなちゃんが目を覚ましちゃったか、と思って、二階の、かなの部屋に行ってみたら、かなはすやすや眠っていたなぁ」
「全然気がつかなかったよ」かなちゃんは2ステップを続けています。
「でもね、不思議なことはそれだけじゃなかったんだよ。」パパは本当に不思議そうに、空を見上げながら言いました。「そのコウモリを外に逃がしてあげたらね、コウモリはお庭の上をちょっとヨタヨタ歩いて、キーって鳴いて、夜空に向って飛んでいった。そしたら、チャリンって音がして、パパの足元に、お金が落っこちてきたんだよ。」
「お金?」かなちゃんが尋ねます。
「そう。500円玉。」パパが答えます。「まるで、コウモリさんが、投げ返してきたみたいにね。とっても不思議だったなぁ。」
「そのコウモリさん、キーキっていう名前でね。」かなちゃんが言いました。「幼稚園の雨どいの中に住んでるの。お父さんとお母さんと、お兄さんとお姉さんがいるんだよ。夜になるとね、畑の上を飛び回って、お友達のコウモリさんと鬼ごっこをしたり、お風呂屋さんの煙突の上まで競争したり、ずっと遠くの多摩川の川原まで、トンボを取りに行ったりするんだ。今年、弟が一人生まれたんだよ。」
「へぇ、かなちゃんはよく知ってるねぇ」パパはびっくりして言いました。「まるで、そのキーキとお友達みたいだねぇ。」
「まあね」かなちゃんは言いました。
「だったら、かなちゃんは、うちにキーキが入ってきた入り口を知ってるんじゃないかい?」パパは言いました。
かなちゃんは、パパを見上げて、にっこりしました。
「あれ、ばれた?」かなちゃんは言いました。「でもね、ないしょだよ。キーキと約束したもんね。」
かなちゃんはそう言って、目をまん丸にしているパパに手を振ると、バス停に向って駆け出していきました。
(おしまい)