シャクトリムシの新体操

かなちゃんは裏庭で、新体操の練習の真っ最中です。もうすぐ発表会。ボールを使ったダンスは難しくて、振り付けを覚えるだけでも大変なのですけど、悩みはそれだけではありません。最後のシークエンス、ボールを片手に持ったまま、片手で側転を決めた後、

「自分で考えた創作技を一つ入れてみてください」

と先生に言われてしまいました。さて、どんな技にしましょうか?

ブリッジをするのは他の子もやっているしなぁ。ボールをつきながら足を上げるのは、なんだか「てんてんてまり」みたいでおかしいし。上級生の上手なお姉さんは、足が頭の上についてるみたいなすごい技を入れてるけど、あんな目が点になるみたいな技は真似できないし・・・

と、色々考えながらくるくる踊っていると、庭の片隅から、けらけら小さな笑い声がします。笑い声に混じって、なんだか失礼な声も聞こえてきます。
 
「なんて硬い体なんだろうねぇ」
「足があそこまでしか曲がらないんだねぇ」
「腕も足も2本ずつしかないんだからねぇ」
「人間ってのは不便だねぇ」
 
誰が笑っているの、と、ちょっとムッとしながら見ると、パパが育てているニンジンのプランターのふちに、小さな細い緑の棒が、5本並んで、ピン、と突っ立っているのが見えました。かなちゃんのまつげくらいの細い棒から、ちょっと細めの毛糸くらいの棒まで。一番長い棒でも、2センチくらいの長さ。一番細くて短い棒は、5ミリくらいでしょうか。その棒が、ゆらゆら声に合わせて揺れているのです。と、その棒の一つが、くねっと曲がりました。なんだ、シャクトリムシさんです。
 
「体を折りたたむのなんか簡単だよねぇ」
「手足も一杯あるから、ボールを受け止めるのも簡単だよ」
「バランスだってこの通り、姿勢だってカンペキだよ」
 
くすくす、くすくす。小さな笑い声と一緒に、細い棒のような体をくねくね曲げながら、シャクトリムシさんは相変わらず失礼なコメントを並べています。かなちゃんはちょっとイラっとしました。

「じゃあ、あなたたちで、創作技を作ってみてよ」と言い返すと、待ってました、とばかり、5つの棒がプランターのふちから、くにょっと降りていきます。また戻ってきたのを見れば、1匹ずつそれぞれ、1個の小石を抱えています。一番細いシャクトリムシの石ときたら、チリのようで、ほとんど目に見えないくらいです。5匹はそれぞれ、思い思いの技を見せ始めました。

一番細いシャクトリムシは、チリのような小石と一緒に、ぴょん、と飛び上がって、毛糸のように風にのって、ふうわり、と着地しました。
二番目に細いシャクトリムシは、くにゃっと体を2つ折りにして、その一番高いところで、小石を何度もぽんぽんとバウンドさせています。
三番目に細いシャクトリムシは、小石をぽん、と放り上げると、体の先っぽをチューリップのように丸めて、その先端で落ちてきた小石を受け止めました。
四番目に細いシャクトリムシは、背中をUの形にして、その背中で小石をコロコロと転がしています。
一番大きなシャクトリムシは、小石を放り上げると、あっという間に体をくるくるっと丸めて丸い円盤のようになって、車輪のようにプランターのふちを走り出しました。ぐるっと一周して、さっと元の体に戻って、落ちてきた小石を受け止めました。かなちゃんは、さっきのムッとした気分も忘れて、思わず拍手をしてしまいました。

「みんなすごいねぇ。でも、人間の私にはとっても真似ができないよ。」

かなちゃんの感想を聞いて、5匹は顔を(といっても、どこが顔か、かなちゃんにはちょっとわからなかったのですが)見合わせて、ちょっと考えてから、ひょいひょいっとくっつきはじめました。一番大きなシャクトリムシを中心にして、2番目と3番目が下につき、4番目と5番目が横につきます。マッチ棒の人型のような形が、ゆらゆら立ち上がりました。

「じゃあ、こんなのはどうですか?」5匹が声を合わせて言うと、4番目のシャクトリムシ(ちょうど、人型の右手の位置についていました)が、ぽん、と小石を投げ上げて、人型がくるくるっときれいに2回回りました。そして、落ちてくる小石を受け止めます。おお、これなら、かなちゃんも練習すればできそうです。
 
「発表会がんばってね」
「それにしても、腕2本、足2本だけで、よくやるよねぇ」
「あんなに硬い体でねぇ」
「相当頑張らないとだめだよねぇ」
「しっかり練習しないとねぇ」
 
5匹は口々に言いながら、プランターの中へとくにょくにょ降りていき、そのまま土の中へ見えなくなってしまいました。最後まで失礼な連中だわ、とかなちゃんはまたムッとしましたが、いい創作技を教えてもらったんですから、あんまり文句を言ってはいけない、と考え直しました。
 
・・・週末の新体操の練習が終わって、かなちゃんが帰ってくると、裏庭のプランターの脇で、パパがぼんやり突っ立っています。「どうしたの?」とかなちゃんが言うと、パパは不思議そうな顔をして、かなちゃんを振り返りました。

「今、プランターの中で、シャクトリムシが5匹ほど、並んで踊っていたんだよ。小石を投げたり受け止めたり、くるっと回ったり・・・それを周りで、アリたちが囲んでみてるんだ。まるで発表会を見ているみたいに。パパが覗き込んだら、あっという間にみんな土にもぐってしまった・・・」

言いながら、パパは自分で自分の言ってることがばかばかしくなったみたいで、頭を振りながら家に入ってしまいました。かなちゃんは夕方まで、シャクトリムシさんに教わった技を、裏庭で練習しよう、と思いました。シャクトリムシさんたちには、負けるわけにはいきませんからね。
(おしまい)