上手に読むこと、上手に伝えること

週末、GAGの練習。前の週からの継続で、5つのエピソードのそれぞれの登場人物のキャラクターをきちんと固めていく作業。日曜日には、その一つの成果確認、ということで、頭から一通り通してみる。きちんとキャラクターが固まっているエピソードは、それなりにいい感じに仕上がっているのだけど、人物のキャラクターが固まりきっていないものは、なんだか消化不良の感じ。これを煮詰めていかないと。

一度、「こういうキャラクターだ」というコンセンサスで、一つしっかり確立しても、次の週になると崩れてしまったりするんですよね。そこをどう定着させるか。「3週間前の土曜日くらいにやった時のが、一番しっくりきたんですがねぇ」なんて言われても、「どんな風にやったっけ?」と本人はただ呆然とするばかり。こういう時には、「今日はダメだ。寝かそう!」と、さっさと諦めてしまうに限る。それで持ち帰って、何かしら一つ、キャラクターを決める鍵のようなものを探す作業に入ります。どうすりゃいいかなぁ、と。

車を運転しながら、通勤電車の中で…色んな場所で、頭の中でぶつぶつと、その登場人物の感情や、喋り方、顔の表情なんかを想像してみる。根っから明るい人だから、顔は常に笑顔だろう。笑顔、といっても色々あるぞ。ただ穏やかにニコニコしている。なんだか軽薄そうにニヘラニヘラしている。神経質そうに張り付いた笑顔もある。子供みたいに無邪気な笑顔もある。

その中で、キャラクターに一番しっくりする表情や、喋り方の特徴・癖のようなものを自分なりに作ってみる。どんな鍵でもいい、一つのきっかけで、急にキャラクターが明確になったりするんです。「橋田壽賀子ドラマ風にしてみよう」というアドバイスとか、「常に目を大きく見開いているのがこの人の癖なんだ」というキメとか。そういう小さなきっかけ、鍵を見つけると、一気にキャラクターがはっきりしたりする。その鍵を見つけるためのヒントは、あくまで与えられたセリフの中にあるわけですけど、そういう鍵を見つけた途端に、全体のセリフの言い方・言い回しは全然変わります。セリフと物語の中から、自分の役柄、自分のキャラクターを創造していく、それが再び、セリフ自体を変質させていく。台本と役者の想像力の間のキャッチボール。こういう作業を積み重ねていくことが、役者の仕事。

女房は、合唱指導をしながら、「楽譜を正しく歌おう、と思わないようにね」ということをよく言うそうです。「お客様は採点をしに来てるんじゃないんだから。楽譜を見ながら、ピッチがどれだけずれている、とか、音量の高低が合っているか、間違っているか、をチェックして、はい、100点満点の70点、まぁまぁの演奏ですね、なんて言うお客様はいません。コンクールの審査員だってそんな採点の仕方はしないんです。その音楽、その歌から、どんな物語や、どんなメッセージが発せられているか、その物語とメッセージの持つパワーと、それを客席に伝達してくるパワーに、どれだけ感動したか、で、評価が決まるんです。」

楽譜、という所を、台本、と言う風に読み替えれば、芝居の作り方だって全く同じ。台本を与えられて、そのセリフを、きちんと、滑舌よく、美しい声で聞かせることに注力してしまうと、肝心の「キャラクター」や、その人物が何を感じているのか、という部分が伝わっていかない。学校の国語の授業で、先生にあてられて立って教科書を読んでいる子供じゃないんです。学校の教室であれば、正しい抑揚、正しい読み方が実現されているか、という点が評価の基準になる。でも、舞台では、「上手に読むこと」が評価されるのではない。舞台上で表現されている物語、人生、祈り、メッセージを、どれだけ観客に伝えるか。そして、その感情をお客様とどれだけ共有できるか。そのために、役者がやる作業は、台本に対して自分の想像力をぶつけていく作業。多分、音楽も同じなんでしょう。楽譜に対して、歌い手や、演奏者が、自分の想像力をぶつけていく作業を重ねれば重ねるほど、音楽の持つ深みが増し、その演奏者にしか表現できない何かが立ち現れてくる。

以前、この日記でも紹介した、「人は見かけが9割」という本にも、「同じ台本でも演じる役者によって全く変わってしまう」という文章がありました。要するに、台本と、実際に表現される舞台の間で、役者がどれだけの想像力でその台本の意味世界を膨らませるか、という所が、最終的な舞台のありようを決めてしまうんです。台本の中のストーリやセリフは、単なる文字の情報です。その中には、多分無数の解釈が隠れている。その中の一つの解釈を、役者の想像力が掘り起こしていく。そうやって役者が発見した一つの世界を、一番いい形、一番分かりやすい形で、観客に伝えるには、どんな「伝え方」が最適だろうか、ということを、ひたすらに探していく。3人して、あーでもないこーでもないと議論しながら、「そういうキャラクターじゃないと思うんだがなぁ」「キャラクターはそれでいいとして、そこはもっと抑えた方がいいよ」…などなどと、試行錯誤を繰り返しています。

いよいよ、本番まであと2週間。練習回数は本当に残り少ないけれど、今回作り上げた10人の登場人物たちのそれぞれの人生が、お客様にきちんと伝わるように、まだまだ、試行錯誤は続きます。セリフもまだきっちり入りきってないんだよねぇ…頑張らないと…