蔵しっくこんさぁと〜「ライブ」という表現の幸福〜

この3連休、この日記にも何度か書いていた、蔵しっくこんさぁとの本番がありました。一昨年の公演とはまた違った、濃密かつ親密な「ライブ」空間。

心配した天気も、「降水確率90%」という天気予報を吹き飛ばし、当日は朝から快晴。公演直前くらいから少し雨がぱらついたりしましたが、お客様がすっかり散会されるまで、天気はもってくれました。公演前後の観光やら、花巻近辺の散策の間も、概ね好天に恵まれ、ハズレた天気予報に大感謝。

公演会場のNo.3Gallaryという場所は、天候によって全然コンディションが変わるんです。空調設備などを持たない天然の「蔵」ですから、外気温や湿度の影響がモロに出る。公演前日、ついてすぐに、会場設営とリハーサルをやったのですが、その時にはものすごい曇天で、湿度が異常に高かったんです。すると、蔵の中の湿度も無茶苦茶高く、気温は低いのだけどじっとりと空気が湿っている。この環境で音を出すと、どの音も全部こもってしまうんですね。みんなして、「相当上の方に音を飛ばす感じにしないと、飛ばないねぇ」と言い合う。高音はさほどでもないのだけど、特に低音は、こもって音が手前に落ちてしまう感じになる。

でも、本番当日、朝からからり、と快晴になると、蔵の中の湿度もさあっと飛んで、音の響きががらりと変わる。多少の湿気はあるのですけど、充分に柔らかく響くいい感じになりました。これが酒蔵コンサートの醍醐味なんだよね。自然の中で、その日だけの音が鳴る一期一会。

前回の公演では、何しろ初めての遠征公演、ということもあり、色んな部分が手探りでした。受け入れ側の事務局もそうでしたし、お客様自体も、「一体この人たちはどんなことをやってくるんだろう?」という「様子見」の感じが強かった気がします。そういう意味でも、今回の公演は、色んなところで、「慣れ」が出てきて、よりお客様と演奏者の雰囲気が親密な感じがしました。演奏する側もとてもリラックスしてできましたし、お客様側も、肩の力を抜いて楽しんでくださった感じ。舞台上で私が、ダンスの後でぜーはー言いながら、「ちょっと息が上がってますんで」なんて言い訳していると、「楽しいよ!」なんて声をかけてくれるお客様がいたり。気分はすっかり旅芸人。

でも、そういう親密さ、慣れ、を、悪い意味での「狎れ」にせずに、演奏自体のクオリティを高めることが出来たのは、なんといっても、漆原直美さんのヴァイオリンと、児玉ゆかりさんのピアノの安定感とドライブ感。そしてそれにしっかり食いついていったクラリネットのS君の熱演。前回よりも相当パワーアップした伴奏陣に支えられ、あおられて、歌い手も、決して気の抜けない、一発勝負の緊張感を最後まで保てた気がします。

個人的には、結構ミスもあり、事前に確認したはずのポジションが崩れてしまったり、不満も一杯残る演奏でしたけど、終演後のお客様の表情は皆さんとても明るく、なんとか満足いただける舞台をお届けできたんだなぁ、と、改めてほっとしました。「何事も、3回目からが大事だからね!」なんて声をかけてくださるお客様もいらっしゃって…3回目かぁ…ううむ。

終演後のお客様のお一人が、「なかなか、こういう生演奏に触れる機会がないんですよ」とおっしゃっていました。地方には、クラシック愛好家が沢山いますし、演奏曲に対する反応を見ても、結構クラシックに親しんでいる方々が多くご来場くださったのが分かりました。でも、そんな「クラシックが大好き」な方でも、なかなか生の演奏に触れる機会がない。それが地方の音楽愛好家の、一種の「飢餓感」につながっている。

CDなどの録音で楽しむ音楽と、生演奏とでは、同じ音楽でも全く異なる。生演奏=「ライブ」にある、一期一会の「一発勝負」の緊張感は、録音メディアでは味わうことはできないし、聴衆が舞台にコミットする、参加している、という一体感なぞ望むべくもありません。我々の「蔵しっくこんさぁと」が皆さんに喜んでいただけたとしたら、舞台と客席の近さを最大限活用して、歌手や演技者が、客席にできる限りコミットするような舞台構成を心がけたことも、一つの要因だったのかもしれない。でも、そういう一体感こそが、舞台=「ライブ」の醍醐味なんだよね。そして、そういう「ライブ」感覚を一番楽しんでいるのは、お客様じゃなくって、演じ、歌っている我々自身だったりするんです。

ご夫婦共々、クラリネットと受付に大活躍してくれたS君夫妻。難曲に挑戦して、見事にクリアしたT君。慣れないナレーションに最後まで格闘し続けたキュートなRちゃん。一段と安定感を増した若さと色気のKちゃん。今回、この人に出会えたことを、心から感謝する気持ちになった、素晴らしいヴァイオリニスト漆原直美さん。素敵なピアノだけじゃなく、宴席でも楽しませてくれた我等が児玉ゆかりさん。そして、練習から本番まで客席でニコニコ楽しんでくれた我が娘と、この企画の大黒柱の歌姫である我が女房どの、共演者の一人一人に、大感謝。

そして何より、経済的な面はもちろん、現地での様々な雑務を、嬉しそうに、楽しそうにこなしてくださった水野酒店のIさん、女房の両親始め、大船渡の受け入れスタッフの皆様全員に。最後に、あの、柔らかな土壁に囲まれた、温かな空間を共有したお客様の一人ひとりに。本当に、本当に、ありがとうございました。

また一つ、心に温かな記憶を残した舞台が終わりました。3回目、4回目、と続けていくのには、色んな課題が沢山あって、なかなか難しい部分もあるけれど、でもいつかまた、再びあの場所に「帰り着く」日を夢見つつ。舞台っていいなぁ。本当にいいなぁ。