対峙する脇役、支える脇役

「モンマルトルのすみれ」終演後の余韻を楽しむ間もなく、早朝会議からバリバリに仕事してます。ふっふっふ。稼がなきゃ稼がなきゃ。

今回の舞台における自分の最大の反省点は、とにかく、「主役を支える」芝居をきちんと出来なかったのじゃないか、ということ。アンリ、という役のキャラクターを、最後まできちんと捉えることができなかった。全体としてはもちろん、すごく楽しかった舞台だったのだけど、この悔しさをきちんと次につなげないとダメだよね。

アンリ、という役は、モンマルトルの3人の若き芸術家の中で、一番年齢が上なんだよ、というのを、演出家から聞いたのが、2月でしたか。その時、その示唆を、きちんと自分の演技につなげていければよかったのですが、それがあまり、自分の中で消化できた気がしていません。どこかで、「この3人の中で、自分だけが目立ってやろう」というヤラシイ色気みたいなものを消せないでいた気がします。

本来、その示唆を聞いたときに、ドラマを推進していく若い芸術家2人と、その2人を一歩引いて支えている、兄貴分としてのアンリ、という人間関係と、そういう3人の若者の関係を、さらに後ろから見守っている老人たち、という構図を、きちんと自分の中で作り上げないといけなかった。そういう頭の中での作業が中途半端だったんですね。

そういう検証作業をきちんとしておけば、自分の中での演技のプランが大きく変わったはず。脇役が脇役として、スタイリッシュな存在感を示すのは当然のこと。最大の課題は、全体のアンサンブルの中で、主役2人を押しのけ、全体のバランスやアンサンブルを崩してまで、「自分」を目立たせようとするような芝居がなかったか。主役2人の自然な芝居を引き出しながら、自分は3人のアンサンブルの中にきちんと溶け込むこと。自分の芝居の一つ一つを、「これはここまでやっていいのか?」「アンサンブルの中で目立ちすぎていないか?」という検証を加えることなく、自分が主役のような顔で演じていなかったか。そういう検証が中途半端なままに、本番を迎えてしまった気がしています。

一つ言い訳をすれば、そういう「脇役」を演じるのはかなり久しぶりだったんですね。以前、「仮面舞踏会」というオペラで、優柔不断な悪役の一人、という脇役をやったんですが、オペラではそもそも歌の中で演技が制約される部分があるから、そんなに悩まなくてすむ。オペレッタでは初めての経験で、だからこそ、自分の演技の幅を広げるいいチャンスだったのかもしれない。前回の「乞食学生」の、オルレンドルフ大佐、という役は、その役自体が主人公達全体に向き合うような役で、脇役、というよりも「敵役」でしたから、相当好き放題できたんですが、今回はまさに「脇役」。そういう意味では、今回、「目立っちゃいけない、でもかっこよくなきゃいけない、そして、主役の自然な芝居を支えないといけない芝居」、という、とてもハードルの高い芝居を要求されたのに、なんだか、主役を押しのけて自分が目立とう、というイヤラシイ色気を捨てきれないままに、本番を中途半端な形で迎えてしまった、そんな気がしています。

結果は正直、というか、本当にお客様というのは素晴らしい鏡で、本番の2幕、お客様の笑いを取るべきセリフで、狙った笑いが取れませんでした。練習会場ではきちんと笑いが取れていたものが取れなかった、というのは、やっぱり、前述の「イヤラシイ色気」が前面に出ちゃったせいでしょうね。その瞬間に、「そうか、オレは引かなきゃいけないんだ」と、頭を殴られたような思いで、3幕あたりではかなり芝居を抑制したのですけど、1幕・2幕あたりでは、「みょおに目立つ脇役」になっていた気がする。ほんとに、お客様というのはありがたいです。

役者根性のさもしさ…という所なんでしょうけど、主役ときっちり対峙して、主役と同等の重みと存在感を持たないといけない脇役や敵役と、主役の側にいてきっちり主役を引き立てないといけない脇役、というのがいるんだなぁ、と、今更のように思いました。今回、その後者の芝居を勉強する機会を折角もらったのに、それを充分に生かせたとは思えませんが、今後、同じような「アンサンブルの支え」になるような脇役、例えるならば、オーケストラの中のコントラバスのような脇役を演じる機会があったら、じっくり自分の中で自分の芝居を分析しながら臨みたいと思います。