「三丁目の夕日」〜昭和の日本を見直すトレンド〜

西岸良平さん、という漫画家は、昔から不思議な漫画家だなぁ、と思っていました。独特のベタくさい画風と、なんということのない平凡な物語で、言い切ってしまえば、「何が面白いんだろう?」と??が飛ぶんですけど、なんとなく心和む感じがある。意外と熱烈なファンがいたりする。息の長い作家ですよね。

ただ、この方の作品というのは、そんなに熱く盛り上がるものでもないし、キャラクターがすごく立っている「釣りバカ日誌」みたいな漫画でもないから、「映画化」という話を聞いた時には、「なんで?」とまた??が飛びまくったのです。今回、インド出張の帰りの機内で上映されていたので、はて、どんなことになっているのかしら、と見てみる。

監督がVFX出身、とのことで、昭和30年代の町並みをCGで再現することにものすごく力が入ったCG映画、という側面も確かにある。その肝心のCGの出来については、飛行機内の背もたれ内臓型の小型画面では、とても細部までチェックはできませんでしたが、その画面で見る限り、すごい完成度。西岸良平さんの原作を沢山読んでいるわけじゃないので、原作との比較なんかできませんけど、あの微妙なバタ臭さみたいなものが表現されている感じはしない。むしろ、西岸良平さんの原作を借りて、製作者が、自分の表現したい「昭和30年代の日本」を表現しようとした作品、と考えるのが正しい気がする。

その表現したい「昭和30年代の日本」というのも、実際のその時代の日本を知っている人が、懐古趣味から昔を再現しようとしている、というのとはちょっと違う気がします。あくまで現代に生きる若いクリエーターの目から見て、現代日本の閉塞感に対峙する希望に満ちた時代としての「昭和30年代の日本」を表現しているような。人情と言う言葉がまだ生きていて、明るい未来、と言う言葉が生きていて、みんなが共通の夢を語れた時代。一種のユートピアとしての昭和30年代。従い、取り上げられる物語も、30年代の時代の世相をかなり極端な形でカリカチュアライズした上で、少し前のTVドラマによくあった人情物語をパッチワークでつづり合わせたような感じ。つまり、現代日本を生きる若者がイメージする、昭和30年代の日本のカリカチュアなんですね。いわゆる時代劇が、カリカチュアライズされた江戸時代を表現しているのと変わらない構造。

この映画に限らず、私自身や、私の身の回りでも、「昭和」という時代を見直す動きが高まっている気がしています。司馬遼太郎が、「明治までの日本は素晴らしい国だったのに、大正・昭和の日本はクソだ」という「司馬史観」を日本人に植えつけて以来、昭和という時代は、太平洋戦争を引き起こして国を一度滅亡させ、高度成長の中で精神性を失い、物質的な豊かさと引き換えに、礼や義を失った薄っぺらな人間を大量生産した、愚劣な時代、として捉えられてきたと思います。それは確かに、一つの真理を突いていると思う。

でも、戦前の昭和や、戦後の昭和において、本当にそんな愚劣な日本人ばかりが生きていたんだろうか。あの時代にも、輝く理想があった。孤独な闘いの中で、誇りを失わない高い精神性を持った日本人がいた。あの「プロジェクトX」という番組が日本人に問いかけたのは、「昭和という時代をもう一度見直さないか」という問いかけだったと思うし、そのトレンドは、今、色んな形で様々なクリエイターたちの心の中に流れ始めているような気がします。そういう観点で見ると、逆に、現代日本に対する絶望感・閉塞感が際立ってくるんですが。

しかし、薬師丸ひろ子は、いい場所を見つけたね。こういう脇役芝居がすごく上手だと思う。吉岡秀隆くんの芝居は、ちょっと最近、鼻についてきたなぁ。小雪さんという役者さんは、こういう、少し崩れた役をやるといいね。清潔さがかえって際立つ感じがする。役者さんの個性も生かされた、ほろりと泣けるいい映画でした。