ナニサマのおつもり?

時々、クラシック音楽業界というのは、カンチガイしやすい業界なのかしら?なんて思うことがあります。アマチュアの音楽団体に身を置いていると、時々、「この人、ナニサマ?」と思う人に会うことがある。やたらと偉そう。オレは何でも知っている。ものすごく歌が歌える。なんといっても、日本でも屈指のxxさんという歌手に師事して、すごく可愛がってもらっている。オペラ公演のソロも何度も経験している。あんたら素人とはレベルが違う。半端な役をやらせたら承知しないぞ。

で、実際に舞台に乗せてみると、これがひどいんだ。歌はそこそこ、でも芝居はシロウト以下。「ひどいよ」というと、逆ギレする。「オレのよさが分からないお前がバカだ」といわんばかりの勢いで、自分の演技や歌の素晴らしさを並べ立てる。で、全然治そうともしない。どう見ても素人の芝居と歌のままで、得意になっている。

例えば、ある人が、「オレはイチローと同じグラウンドで野球をしたことがあるんだぜ」と言ったとしたら、それは「すげぇなぁ」となるかもしれないけど、それが彼の野球の実力を証明することにはならないですよね。もし、「だからオレを球団にスカウトしろよ」とその人が言い出したとしたら、「何言ってるの?」と言われて終わり。でも、アマチュア楽家の中には、そういう謎の三段論法を振りかざしてくる人が結構いる気がするんです。「私は、xxさんというオペラ歌手と同じ舞台に乗ったことがある。」「xxさんというオペラ歌手は素晴らしい」「だから、私は素晴らしい」…ちょっと待て。

一方で、プロの側にも、「私は音楽を専門に学んだ」ということをものすごくひけらかす人がいたりします。でもねぇ、私もこんな活動して長いからさ、音楽を専門に学んで、音楽学校をきちんと卒業した、プロと言われる人たちが、ほんとに「?」が飛びまくるような情けないパフォーマンスをだらだらと垂れ流している姿をいくつも見てきているんだよ。大学で学ぶだけじゃなくて、その後もきちんと自己鍛錬していない結果なんだよね。東大出です、と胸張っているエセエリートと変わらん。「なんで音楽を専門に学んだ私が、アマチュアの人の後ろで演奏しなきゃいけないの?」みたいにふんぞり返りながら、木の根っこみたいなぶざまな姿をさらして、ほにゃらけた音を出している自称「プロ」がどれほど多いことか。

カンチガイの元になっているのは、中身のない「権威」です。そして、クラシック業界というのは、そういう「権威」がやたら幅を利かせている所。だから余計に、こういうカンチガイが横行する。加えて、音楽とか芸術、という世界では、ホンモノとニセモノの差を見分けるのが結構難しい。そういう世界で、素人の目や耳をだますには、「権威」や「ネームバリュー」というのが一番有効だったりする。

つまりは、そういうカンチガイ連中を、聴衆の側も育ててしまっているんですね。少し前、NHK-BSあたりで、サントリーホールでやっていたウィーン少年合唱団の演奏会の映像が流れていました。ホールは満席。お客様はみんな、大満足の笑顔。でもねぇ、どう聞いても、ウィーン少年合唱団のコーラスはヘタなんだよ。音程がむちゃくちゃ悪い。だからハーモニーも結構汚い。脇で一緒に聴いていた女房に、「なんか、ヘタクソじゃない?」と言ったら、「確かに音程は悪いね」と、苦笑い。「でも、やっぱりヴィーナーワルツをやらせると上手だよ。身についているウィーンの粋とか、たたずまいの気品みたいなものは、やっぱりさすがだと思うよ」とのこと。無粋な私にはいまいちピンときませんが、こういう演奏会を聴いて、「やっぱり本場のウィーン少年合唱団のハーモニーは美しい」なんて喜んでしまう聴衆もいるんだろうなぁ、と思います。ハーモニーは汚いですよ。合唱コンクールで上位入賞している小学校の合唱団とかの方が、演奏はよっぽど上手だし、美しい。でも、「ウィーン少年合唱団」というネームバリューで聴きに行った人は、これがホンモノのハーモニーだ、なんてカンチガイしちゃう。

ある団体の公開オーディションで、歌はそこそこ歌えるけど、素人臭い芝居しかできない歌手を落としたら、その歌手のファンの人が怒鳴り込んできた、という話を聞いたことがあります。「あんな素晴らしい歌が歌えて、あんなに素晴らしいお芝居ができる歌手を落とすなんて、審査員は一体何を見ているの!」と喚き散らしていたそうな。カンチガイの増殖。

そういう周囲のカンチガイが、また自分に跳ね返ってきて、「そうだ、オレは素晴らしい。分かってくれる人は分かっている」なんて言い出して、カンチガイの負のスパイラルがどんどん進行していく。そういう罠に落ち込んでしまっている人とか、馴れ合いの舞台を重ねている団体を見るたびに、「オレはこうなっちゃいけない」「オレはまだまだだ、毎日精進しなければ」と、自分に言い聞かせる毎日です。結構私自身もハマリそうになる罠なんだよ。アマチュアとしては、分不相応な舞台を経験させてもらってますから。でもそれは決して私の実力じゃない。ガレリア座という場に恵まれ、仲間に恵まれ、運に恵まれていただけのこと。

あの名優、志村喬さんが、晩年になるまで、「演技というものは、そんなに簡単なものじゃない。オレの演技はまだまだ全然ダメだ」と、口癖のようにおっしゃっていた、という話を聞いたことがあります。一流の人ほど、こんなにも謙虚です。もちろん、一流の人の中にも、「オレは天才だ!」なんてうそぶいている人だっているけどさ。そういう人ほど、見えないところでものすごい努力をしているものなんだよ。薄っぺらい努力と軽薄なアウトプットを振りかざして、「オレ様はすごい」というカンチガイを振りまいている人にぶつかるたびに思います。謙虚にやらなきゃ。謙虚。謙虚。