美智子皇后さまの御歌

皇室議論が盛んですが、そういう政治的なことは一切抜きにして、美智子皇后さま、という御方が詠まれた御歌について、ちょっと書いてみたいと思います。

私の母親くらいの世代の間では、正田(皇后さまの旧姓)美智子さん、という方は、同世代の文学少女としてかなり有名だったそうです。皇室に入られる前から、文学的な素養のある女性、という評判の方が先に立っていたんですね。そういう御方だ、というのは知っていたのだけど、今年の歌会始めの御歌で、なんていい御歌を詠まれるんだろう、と感動してしまう。その御歌。
 
笑み交わし やがて涙の わきいづる 復興なりし 街を行きつつ
 
昨日は、神戸の震災から11年。神戸というのは、私にとって青春時代を送った街ですから、この震災には格別の思いがあります。「笑み」、という題で歌われたこの御歌、31文字の言葉の中に、10年という時間をしっかりと織り込んだ、その重量感に思わずたじろいでしまう。現在の「笑み」があり、「やがて」という言葉の中に、10年を回想する精神の動きが表現される。10年間の様々な思いが去来するうちに、自然と「わきいづる」涙。「行きつつ」という言葉の中には空間の広がりも込められ、面的に広がっている復興の姿を描写する。決して難しい言葉は使われていないのに、神戸の被災者の心を真っ直ぐに受け止めながら、時間と空間の広がりを感じさせる御歌。「笑み」という言葉が、こんなにも深く、広がりをもって表現されている、その見事さ。

この御歌を見て、美智子皇后さまの他の御歌も読んでみたいなぁ、と、ネットサーフしてみる。どの御歌も実に味わい深い。お子様方に対する愛情や、ご家族に対する想いを歌われた御歌。素直なご自分の想いを歌われた御歌。いくつか、心に残った御歌を並べてみます。
 
子に告げぬ 哀しみもあらむ 柞葉(ははそは)の 母清(すが)やかに 老い給ひけり
この月は 吾子(わこ)の 生れ月(あれづき) 夜もすがら 聞きし木枯の 音忘れず
子らすでに 育ちてあれど 五月なる 空に矢車の 音なつかしむ
いつの日か 森とはなりて 陵(みささぎ)を 守らむ木木か この武蔵野に
 
私はそんなに現代和歌に詳しいわけではないし、他の歌人と比較して、美智子皇后さまが、歌人としてどのくらい優れた御方なのか、なんてことを言える立場にはありません。でも皇后さまの御歌には、ご自分の素直な心情をそのまま表現できる潔さと、その潔い心情を最も適切な日本語で表現することができる、日本語への素養の深さがあるように思います。皇室の一員ということで、国を意識した御歌を歌われることもおありのようですけど、そういう御歌にも、実に素直な感情移入と感動があります。
 
慰霊地は 今安らかに 水をたたふ 如何ばかり君ら 水を欲(ほ)りけむ
 
皇室議論が盛んな中、色んな意見を持っている方がいらっしゃるとは思います。そういう政治的な意見については一切捨象して、戦後の皇室が多くの人々の愛情や支持を受けてきた、一つの要因が、美智子皇后さまという御方の存在にあったことは確かだと思う。戦後の皇室を支える精神的支柱としての美智子皇后さまの、強靭かつ清かな精神を垣間見た気がした、今年の歌会始めでした。