バミリって、大事なんだよね。

色んな団体で合唱団の練習やオーケストラとの合わせ練習なんかをやっていると、都内の色んな練習会場に顔を出すことになります。とっても広い会場、狭い会場、天井の低い会場、妙にわんわん響く会場、全然響かない会場、空調が寒い会場、空気が淀んで暑い会場。大体が公共施設だったりするから、色んな利用制限があったり、備品も限られる。その限られた中で、可能な限り本番環境をイメージできる練習をしよう、という所で、制作方は色々苦労をするんです。

特に、オペラの練習、ということになると、立ち位置の確認や動きの確認が必要になってくるから、練習会場のどこが舞台で、どっちが客席なのかを決めていったり、大道具・小道具の代わりになるものを用意したり、といった細かい工夫が不可欠。何か持っているふりをするよりも、代わりになるものでも実際に手に持ってみて演技した方がいい。それをちゃんとやっていないと、本番で、コップの受渡しがちゃんとできなくて、手のひらから透明なお酒をガブガブ飲んでいる手品師が現われたりする。かくして、練習会場での酒盛りのシーンでは、団員が持っていたペットボトルが酒瓶になり、コンビニで買ってきた紙コップがグラス代わりに掲げられたりするわけです。知らない人が覗いたら、わりと笑える絵柄になっていることが多い。昔、ガレリア座で「魔弾の射手」をやった時、私がやった悪魔のザミエルという役では、よく練習会場の箒やらモップを杖代わりに振り上げてましたっけ。

今回、大田区民オペラ合唱団の演出練習が始まって、毎回、練習開始の時に、演出家の伊藤さんおん自ら、会場の床にはいつくばってビニールテープで、「ここまでが舞台です」「ここが花道です」という場所をマークしてらっしゃいます。いわゆる「バミリ」という作業です。「実寸ではありません」という説明がいつも行われるのだけど、「実寸」というのは、実際の本番の舞台の大きさのこと。たいていは会場の方が狭いので、実寸での練習は中々できません。

「バミリ」という作業には色んなノウハウがあって、プロの舞台監督さんや舞台屋さんは色んな手を持ってらっしゃいます。ガレリア座がお世話になったTさんという歴戦の舞台監督さんがいらっしゃって、この方は全身、そういう舞台裏方のノウハウの塊のような方でした。GP会場の実寸練習のとき、舞台の最前面の線をビニールテープの長ーい直線で「バミ」った後、その直線を90センチずつ区切る短いテープを貼っていって、その90センチの区画ごとに、ローマ数字の「Ⅰ」「Ⅱ」という番号をテープで貼り付けていく。そうすると、演出家が、「数字の4番のところに立って!」と演出指示がすごく出しやすくなる。すごい。

このTさん、私が演出した「劇場支配人」の本番も手伝ってくださったのですが、リハーサル中、小道具の木の丸椅子が壊れてしまう、というアクシデントがありました。貧乏団体ですから、椅子の替えなんかありません。全員が真っ青になっていたら、Tさん、舞台袖にあった角材と、自分の持っていた釘で、一瞬で応急処置して、椅子を座れるように治しちゃった。すごい。

ある練習会場では、床がカーペットだったので、普通のビニールテープが接着できず、バミリができない。すると、プロの舞台監督さんが、ガムテープを3分の1くらいの細さにカットして、それをまずカーペットの上に貼って、さらにその上に色つきビニールテープを貼ってバミってました。そんな手もあるんだなぁ。

普通の方がいつも戸惑われるのは、舞台上の寸法を測る単位が尺寸法であること。道具その他、舞台上の装置は全て、大工さんが作っていきますから、日本の建設業界の採寸法が生きているんですね。慣れてくると、「3寸高」とか、「2尺高」、「1間幅」なんていわれても、大体イメージがつくようになります。この尺寸法、すごく身近に生きているんです。大体の公共施設やビルの建物を見ると、壁にパネルが貼ってあることが多いですよね。このパネルの幅、ほとんどの場合、「半間」=90センチ、あるいは「1間」=180センチです。今度見てみてください。

練習、というのも、とても大事なパフォーマンスの場。この練習の中で、自分の演奏プラン、演技プランの中で足りないものは何か、周りの人たちや立ち位置の関係で、修正が必要なところは何か、一つ一つ確認していく場所。その環境を整える、という意味で、練習会場をどう本番舞台に近づけていくか、裏方の知恵も試されるところですし、出演者の想像力もとても大切になってくるところです。「バミリ」一つ取って見ても、舞台を作る上ですごく大事な作業であり、すごく色んな知恵とノウハウが詰まった作業なんですね。