アマチュア団体の練習をナメちゃいけない

舞台なんぞに関わっていると、「今がチャンスだ」という瞬間とか、配役が回ってくることとかがあります。ここでしっかり自分をアピールできるか、ここできちんと自分の力を見せることができるか。それによって、今後の自分のポジションが決まってくる。

そういうショウビジネスの厳しさ、みたいなものを、一種極端な形で見せ付けられたのは、昔、声優の勉強をしていたときのこと。3日間の合宿で、1日目に課題を出された。週刊誌の2ページほどの対談を、2人一組でみんなの前で演じなさい、という課題。1日目に渡されて、2日目の午後に発表。当然、暗記。それ以外に、3日目までに、6名くらいのグループで寸劇を(台本から)作りなさい、という課題もあって、全員青ざめる。

講師の方が、「声優の仕事なんてのは、突然台本を渡されて、今日の夜までに全部覚えてこい、なんてことだってあるんだ。そこできっちり仕事をこなせれば、次の仕事につながる。そこで『できません』って言ったら、もう二度と仕事は来ない」と言い放つ。競争率が無茶苦茶高い業界ですから、そんなことは当たり前。全員、その日は徹夜状態で、必死になってセリフを詰め込みました。

オペラの世界で、「チャンス」といえば、何と言っても、アンダースタディ、とか、代役。大物歌手の代役でスターダムにのし上がった歌手、なんて枚挙に暇がない。だからこそ余計に、アンダースタディなどのパフォーマンスには、ものすごく厳しい視線が注がれる。あるバリトンソリストさんの話で、かなり大きな舞台のアンダースタディに入った時、楽譜を手に持って立ち稽古に参加したら、作曲家の先生が大激怒した、という話を聞いたことがあります。「アンダースタディの癖に、暗譜できてないとは何事だ!」と。

大田区民オペラ合唱団の練習でも、アンダースタディとして、カンペキに暗譜して、しかも素晴らしいパフォーマンスを見せてくれるプロの卵の方々がいらっしゃいます。そういう方の熱のこもったパフォーマンスのおかげで、ソリスト抜きの練習でも、練習の質や緊張感が下がらない。それは公演全体の質を上げる、という効果だけじゃなく、また、そのアンダースタディの方自身の勉強になる、という効果だけじゃなく、もっともっと具体的に、その方自身の次の仕事につながっていく、ものすごく大事な「チャンス」だと思う。

でも時々、そういう場で、アンダースタディで入ってきた人が、楽譜を全然事前に読んできていなかったり、全く本気の声を出さなかったりすることがあります。本番ソリストが本番に向けて声帯を大事にするために、1オクターブ下げて歌うのなら分かる。でも、アンダースタディの本番は練習会場です。その練習会場=本番の舞台で、楽譜に首っ引きで立ち稽古をされたり、1オクターブ下げて適当に抜いて歌われたりすると、後ろで歌っている合唱団員としては、ものすごくテンションが下がる。挙句に、アンダースタディに段取りや音を教えるための練習になっちゃったりして、ただ練習の足を引っ張るために来たアンダースタディなのかよ、という気になる。そういう方は、どれほど素晴らしい声の持ち主であったとしても、演奏会を聞きに行こうかな、とか、何か別の企画の時に声をかけようかな、なんて気にならないですよねぇ。

もちろん、大田区民オペラ合唱団のアンダースタディと、二期会の本公演や新国立オペラ劇場の本公演のアンダースタディとは違うと思います。市民オペラの練習会場で、いかに燃えるようなパフォーマンスを見せたからって、そこからどれほどのファンが獲得できて、どれほどの仕事につながっていくか、といえば、確かに大したことはないでしょう。それよりも、二期会の演出家や、新国立の本公演の音楽監督の前で、しっかりしたパフォーマンスを見せる方が大事。沢山の本番や練習を抱えて、そういう優先順位をつけて仕事に臨まないといけない、というのも分かる。でもねぇ、そういうアマチュアの裾野の所から、きちんと仕事を積み重ねて、少しでも自分のファンを増やしていこう、という努力をしないとだめだと思うよ。何と言っても、オペラ歌手ってのは人気商売なんだからさ。

逆に、アマチュアの側から言わせてもらえば、プロの方々が日常として過ごしている練習会場と、アマチュアの音楽家にとっての練習会場というのは、位置づけが違うんです。アマチュアの音楽家にとって、週末の貴重な時間を割いて足を運んでいる練習会場というのは、それだけで「ハレ」の場所です。日常生活から逃避して、音楽の世界に遊ぶことができる大切な場所。そういう場所だから、楽しくやりたいし、本気のパフォーマンスを目指したい。本番舞台に向けて足慣らしをしていく場、という位置づけのプロの方々とは姿勢が違う。

本当に第一線で活躍されている方々を見ると、そういうアマチュア団体の練習に付き合う時でも、しっかりしたパフォーマンスや、きちんとした「オーラ」を見せてくれることが多い気がする。もちろん、テキトーにやってる人もいますよ。でも、その人が練習会場に入ってきただけで、色んな意味での「オーラ」を感じさせてくれる人が多い気がします。練習が楽しい、真剣勝負ができる、そういう空気を作ってくれるホンモノの人たち。週末だけのアマチュア楽家たちだからこそなおのこと、そういう「プロのオーラ」がある人と、そういうオーラを感じさせてくれない人を、ものすごくシビアに見分けていたりするんです。プロの卵の方々、アマチュア団体の練習をなめてかかると、結構厳しい目で見られてたりするから、気をつけた方がいいっすよ、ほんとに。