私のマンガ人生 そのご〜川原 泉〜

今日は、先日から書き継いでいる、好きだったマンガ家のお話。今日は、川原泉さんです。

多分、川原泉さんの作品に対する「批評」や、「分析」というのは、ものすごく沢山の方が試みていると思います。それだけの陰影や、含蓄のある作品が多いですし。なので、ここではあんまりそういう「内容分析」みたいな話には入り込まずに、本当に、私の好きな作品についての、「好きだぁ」という所だけを並べてみたいと思います。

川原さんのマンガは、マンガ好きネットワークの友人から薦められて、まずは「空の食欲魔人」から入りました。初期の短編集から入った、というのは結構幸福な出会いだったかもしれない、と思います。新しい作品だと、かなり非日常的な設定を持ち込んでくることが多くて、それが成功するケースと、ちょっとはずれちゃうケースがある気もしてます。でも、初期の短編集は、なんともとぼけた日常の一こまを、とても温かい視点で優しく切り取った感じが好きです。「たじろぎの因数分解」「真実のツベルクリン反応」とか、大好きな短編でした。

「食欲魔人シリーズ」も、その普通さが好きだったです。普通なんだけど、普通じゃない。どこかしら、普通の枠からは外れた人たちなんだけど、でも普通。要するに、非常識じゃないんだよね。みんな常識人なんです。それがいい。

だから、川原さんの描く「恋愛」ってのは、いわゆる少女マンガの「恋愛」とは対極にありますよね。決して、「ベルサイユのばら」にはならない。炎がたぎったりしない。縁側でのんびりお茶を飲みながら、猫とたわむれつつ、「いいなぁ」と言われて、ぽっと頬を赤くするような、そんな恋愛。そこがいい。

次に読んだのが、「第一次産業シリーズ」で、「美貌の果実」で完全に虜になりました。本当に温かな涙が溢れる物語。決して大上段にドラマティックな演出はしない。淡々と、ほのぼのと、でも描かれるのは相当に厳しい現実だったり、悲しい別れだったりする。それでも、流れる涙は温かい。それは多分、作者の登場人物に注がれる視線が、本当に温かいからだろうな、と思います。

笑う大天使」は、さっきも書きましたけど、最初はちょっと設定負けしてましたね。それでも、他のマンガ家が描いたら、ただの学園アクションになっちゃうところを、川原節のおかげでそれなりに面白く読めるんですけど、前半はさほど感動しない。でも、コミックス3巻の完結編は、本当に傑作。3人のヒロインたちを巡る物語はそれぞれに感動的。「空色の革命」も、「夢だっていいじゃない」も好きですが、なんといっても、「オペラ座の怪人」。いまだに我が家では、ルドルフ・シュミットという名前を口にすると、条件反射的に、女房と顔を見合わせて泣き顔になってしまうんです。映画化されるそうですけど、まぁ川原作品だと思って見ない方がいいでしょうね。どうせ映画化するのなら、「オペラ座の怪人」を映画化してほしい。

甲子園の空に笑え!」も好きですし、「銀のロマンティック」の雪のシーンなんか、もう涙なしでは読めない。ストーリーテラーとしては、わりとオーソドックスで、予定調和的なお話を書く方だと思うんです。最初に出てきたときから、話の結末がある程度予想できる。でも、取り上げる素材のユニークさ、予想される結末に持っていく語り口の巧みさと、描く対象に対する研究、取材の細かさ、そして何より、登場人物の一人ひとりに対する本当に温かな視線。それが、分かっているのに泣かされてしまう要因なんでしょうねぇ。

誰かが、「川原マンガの人々は、みんな一生懸命生きている」と書かれていたのを読んだことがあります。同感です。ぼんやりしているようで、間が抜けているようでも、みんな、一生懸命なんです。ぬいぐるみのクマでさえ、ご主人さまの健康を気遣って日本まで旅してしまう。その一生懸命さ。でも、川原さんは、ストーリーテラーとして、エンターテイナーとして、そういう登場人物たちに残酷な現実を突きつけるリアリストでもある。そこが、川原マンガを、ただのほのぼのコメディーにしていない要素だと思います。