「猿丸幻視行」「日輪の遺産」〜正史の裏側〜

図書館から借りてきた、井沢元彦「猿丸幻視行」、浅田次郎日輪の遺産」を昨日読了。

「猿丸幻視行」、最近わりと文芸作品を読むことが多かったので、ちょっと頭の体操をしたくなり、手にとってみました。この作家の本は、芥川龍之介を探偵役に、義経伝説を切り取ってみせた、「義経幻殺録」を読んでいます。こういう歴史ミステリーって、結構好きなんですよねぇ。推理小説の王道である「暗号解き」の部分よりも、歴史の影に葬られた謎を、筋の通った一つの物語に綴っていく感覚が好き。「猿丸幻視行」も、猿丸太夫柿本人麻呂の謎を、一つのリアリティある物語に仕立て上げていく感覚が、中々に心地よかったです。全体の構成は結構ハチャメチャなんだけど、折口信夫を探偵役に仕立てたところなんか、いいなぁ。

歴史ミステリーといえば、高橋克彦さんの浮世絵シリーズとかも好きでした。いささか東北至上主義的なところが鼻についたけどね。もともと、民俗学には、正史に取り上げられることのなかった民衆の習俗の原点を探る、という、推理小説的な側面があると思うんです。柳田国男の仕事なんか、まさにミステリーの謎解きに近い所があるし。歴史学でも、正史があえて描かなかった裏の歴史に焦点を当てる、というアプローチが面白いですよね。「猿丸幻視行」でも取り上げられていた、梅原猛さんのアプローチとか、まさにそういう「裏面」を追求した推理小説のような興奮がある。でも、それに興奮するには、正史の部分をきちんと勉強していないとダメ。梅原さんの聖徳太子のシリーズとか、歴史をきちんと理解してなかったので、読むのがすごく辛かったんだ。

井沢元彦さんの本には、他にも面白そうなのが沢山あるので、少し追いかけてみたいと思っています。
 
日輪の遺産」。今回も、面白い読み合わせになったなぁ、と思っています。偶然ですが、共に、正史に描かれなかった歴史の裏面で、リアリティあるフィクションを作り上げた作品。でも、浅田次郎さんのこの本は、「頭の体操」というには重過ぎる。

浅田次郎さん、という人は、すごく熱い人なんだなぁ、と思います。その熱さは、作品に描かれる人物たちに、惜しみなく作者の愛情が注がれていることで分かります。私の読んだ浅田次郎作品の中では、とことん悪いヤツが出てきた記憶がない。悪党も、どこか憎めない。背負っている生活感。リアリティ。そして何より、作者が、一人一人の登場人物をものすごく愛しているのが伝わってくる。作者が、登場人物と共に泣き、叫び、笑っている感覚。だからこそ熱いし、感動も深い。

時には、その愛情がバランスを失って、人物への過剰な思い入れになってしまうこともある気もします。この小説の中にも、そういう場面がないとはいえない。でも、小説自体のテーマ性の重さが、そういう作者の思い入れを納得させてしまう感覚がある。人によっては、「暑苦しいなぁ」と敬遠してしまう要素にもなるかもしれないですけどね。

この本で描かれたのは、太平洋戦争という愚劣な戦いの中でも、必死に生きた名もない人々、そして死に急いだ美しい魂の物語。そういう人々の血と涙の上に、現代の日本の繁栄があるのだ、という、自分自身のアイデンティティを見直す物語。いささか唐突に出てくる「これは国産みの物語なんだ」という登場人物の傍白は、読み終えて初めて納得されるのです。

桜、という花は、魂の浄化の象徴なんだなぁ、と、最終章を読み終えて、しばらく感慨にふけりました。小説の舞台が、私の住まいの近くなので、そういう意味でも興味深く読みました。通勤途中の高台から、多摩川の向こうに見える、多摩丘陵を見る眼が少し変わりそうです。