清水良一 こころをうたう

昨日、新宿オペレッタ劇場ですっかりファンになってしまった、清水良一さんのリサイタルに行ってきました。新宿オペレッタ劇場のピアニストのKさんが、コンサート情報を流してくれたのです。青葉台駅前のフィリアホール。ピアノ伴奏 松山優香さん、ゲスト出演 N響ヴァイオリン奏者 公文俊之さん、という布陣でした。

まずは、清水さん。バリトンの発声とはこうあるべし、という見本のような、素晴らしい歌唱でした。日本語の母音は鋭めで明確。イタリア語の母音は縦に広く、ドイツ語の母音は奥に深く、見事に使い分けられ、しかもそれぞれの母音の響きが全く逃げない。どの母音も、一番いいところで響いている。高音から低音まで、響きの芯が全く変わらない。そしてその響きのまろやかで甘いこと。とにかくすごい。

日本語歌曲、ドイツ歌曲、得意のイタリア歌曲、と歌いこなされたのですが、歌の合間に、マイクでご自身が曲目解説や、曲の日本語訳を朗読されたりする。この、MCの声もまた素晴らしい。ゲーテ「魔王」の朗読は、父・子供・魔王の役柄を、声色の変化で見事に演じ分けられた素晴らしい朗読。引き続いての歌の世界にそのまま引き込まれていく。マイク付きとはいえ、歌い、かつ喋る、という進行は、歌い手にとっては相当過酷なはずなのですが、美声が最後まで全く衰えない。これには驚嘆しました。

素晴らしいテクニックに裏打ちされていながら、そのテクニックを微塵も感じさせない、歌心あふれる歌唱。本当にいい歌い手さんです。

ピアノ伴奏の松山さんは、ドイツリートの伴奏者として、白井光子・ハルトムート・ヘルご夫妻に師事したことがある、とのことで、さすがにきっちりとしたピアノを聞かせてくださいました。やっぱりゲルマン系なのか、後半のイタリア歌曲や、アンコールのタンゴでは、もう少しラテンの荒々しさがあってもいいのかな、とも思いましたけど、伴奏者がそんなに自己主張しちゃまずいんでしょうね。ピアノの音がとてもまろやかで、優しく、声の色に見事に溶けていました。硬質な感じのない、柔らかな音色。ホールの響きのせいもあるのでしょうか。

ヴァイオリンの公文さんは実に洒落っ気のある方、という感じがしました。シュポア、という作曲家が書いた、ピアノ・ヴァイオリン・バリトンのための歌曲、を2曲演奏されたのですが、この曲がとても美しかった。是非楽譜を探して、自分でも勉強してみたいな、と思いました。シューベルトの歌曲で有名な「魔王」は、ヴァイオリンのオブリガードで、3人の登場人物のキャラクターがより鮮明になっており、非常にオペラティックな美しい曲に仕上がっていました。

アンコールで、ピアノとヴァイオリンだけで、ピアソラの「リベルタンゴ」を演奏されたのですが、これも面白かった。こういうリサイタルにゲスト出演して、アンコールに1曲、と言われて、「リベルタンゴ」を選ぶあたりが、洒落っ気があるなぁ、と思った由縁です。普通だったら、タイスの瞑想曲とかで誤魔化しちゃうじゃないですか。誤魔化すっていう言い方は悪いけど。

演奏会自体が、青葉台の地元の若手政治家の政治活動の一環として成立しているらしく、地元のおじいちゃん・おばあちゃん方が結構客席に多かった気がします。あとは、清水さんが以前出演された、藤沢オペラの方々もいらっしゃっていたのかな。でも、地元のお仲間たち、という気楽さのおかげもあるのか、客席は終始和やかで、穏やかで楽しい清水さんのキャラクターも相まって、とてもいい雰囲気の演奏会でした。

難を言えば、途中で抽選会があり、抽選にあたった方には、東京湾周遊ヘリコプターの搭乗券をプレゼント、なんてコーナーが出てきて、ちょっと興ざめ。政治家さんが舞台に上がってきて、清水さんとトークをされたり、抽選会を仕切ったりしている。政治家さんの選挙民サービス、という匂いが鼻について、なんか嫌な感じがしました。芸術活動のパトロンを任ずるなら、徹底して裏方に徹するべきです。プログラムに写真を載せたり、舞台に上がってくる、というのは、かなり勘違いな気がする。継続的にこういう活動をされていること自体は、尊敬もするし、素晴らしいことだとは思うんですけどね。

フィリアホールは、とてもいいコンサートホールでした。駅のすぐ目の前のビルにあり、キャパ500人程度と、便利でかつ手ごろな大きさ。響きも柔らかく、悪くない。ちょっとぼわん、とした感じがしないでもなく、ピアノの音が随分ぼやけて聞こえた感じがありましたけど、これはホールの響きの特性、というか、好みの問題でしょう。ロビーの感じもきれいで素敵。

2000円のチケット代では安い、と思える、実に充実した、幸せな気分になれるコンサートでした。ちょっと文句もつけましたけど、こういう活動は、是非継続していただきたいと思います。清水さん他の出演者の方々、スタッフのみなさま、本当に素敵なコンサートをありがとうございました。