カラオケボックス

最近時々、お昼休みに一人でカラオケボックスに行くんです。店の人には不審がられるだろうなぁ。サラリーマンが一人、ふらっとカラオケボックスにこもる図。何をやるか、と言えば、歌ってるんです。当たり前ですよね。カラオケボックスで歌う以外に何やるんだ。スクワット100回とかやるんか。不審人物だよそれじゃ。

とはいっても、カラオケの曲を歌うわけじゃなくて、今、蔵コンで練習している曲とか、自主練している曲とかを歌うんです。私は音感がまるでないので、MDプレーヤを持ち込んで、CDから録音した音源をイヤホンで聞きながらあわせて歌う。ちゃんとした歌の練習としては、あんまりいいやり方じゃないんだろうけど、何もやらないよりは全然まし。

歌、というのは、身体表現ですから、運動とかダンスに似ていて、タイミングよく筋肉を使う、その使い方を身体に覚えこませないといけない。呼吸とか、下半身の使い方とか、ノドの開け方、背筋を使うタイミング。陸上競技に似ているところがあると思うんです。ジャンプする前の踏み込みのタイミングとか、マラソンの時の呼吸とか、ハードル競技の時のリズムとか。それを身体に覚えこませるのも、陸上競技と同様、とにかく反復するしかない。自転車みたいに、一度覚えてしまえばそれでOK、というわけにはいかない。

ところが、サラリーマン歌手の悲しいところで、週末以外、中々声を出す機会がない。そうすると、5日間は身体を動かさないで過ごしてしまう。週末、せっかく身に付けた筋肉の動かし方を、この5日間で忘れてしまうんじゃないか。それが怖くて、時々確かめたくなるんですね。

それで、会社の近くのカラオケボックスで、昼休みの30分間を歌って過ごしたりする。昔、声優の勉強をしていたときに、先生に言われたことがありました。「今はカラオケボックスがあるから、どこででも発声練習ができるだろう。声を使う人間のためにあるような場所だぞ。」おっしゃる通り。一人で歌を練習するのに、こんなに便利な場所はないです。

でも、これが居心地が悪いんだ。まず、店に入るのに勇気がいる。店の人が愛想よく対応してくれても、どこかで、「なんだこのオヤジ、一人で何しにきた?」というオーラが出ている気がする。自意識過剰ですね。ボックスの中に入っても、なんとなく居心地が悪い。内装が若者向けすぎる。時々、歌い疲れて、ちょっとカラオケの歌本とか開いてみたりすると、全然知らない曲ばっかりで、余計に不愉快になる。会社の近くは学生街なので、隣のボックスからは今風の難しい歌を軽々歌う若者の声が聞こえてきたりする。あんな歌もう歌えないよなぁ。そう思ってまた不愉快になる。ヤマハに楽譜を買いに、若者に溢れる渋谷の街を歩いている時みたいな、居心地の悪さ。

どこかに、昼休みにふらっと入って、思う存分歌歌って、ふらっと帰れる場所って、ないかなぁ。オペラのアリアのカラオケがあるカラオケボックスもある、という噂も聞いたことがあるんですけど、残念ながら入ったことがありません。てなわけで、どうしようもない居心地悪さの中で歌った後、不審そうに見送る(これも自意識過剰)店員さんの視線を背中に感じながら、おじさんはとぼとぼ会社に戻っていくのです。