パフォーマンスさまざま

GW中はただただダラリーンとしていましたけど、娘のサービスのために、市民文化会館の子供の日のイベントや、八景島シーパラダイスの水族館なんかに行ってきました。そこで目にしたパフォーマンスは2つ。1つは、けん玉師の伊藤佑介さんという方のけん玉パフォーマンス。もう一つは、八景島のイルカやアシカのショーです。ううむ、GWの王道って感じだ。

全然違うパフォーマンスなんですけど、そこでちょっと共通点を見つけちゃいました。何かっていうと、失敗を恐れないパフォーマンス、というか、失敗とか、アクシデントを計算して、取り込んでしまうパフォーマンス。

けん玉師の伊藤さんのパフォーマンスは、素晴らしいけん玉の技を、若い方らしい機関銃のような軽やかなトークでつないでいく、とても楽しいものでした。ちょっとだけ、若い人にありがちな、お客様とのコミュニケーションを拒否するような「まくしたて」のトークの感じが少しあって、もう少し余裕があるともっと楽しいのになぁ、と思った点もありましたが、やはりこの世界でトップクラスの方らしく、自信と、その自信を裏付けるだけの素晴らしい技術を見せてくれたパフォーマンスでした。
勿論、ここで失敗したら白ける、という、決めるべき技はカンペキに決めてくるのですが、面白いなぁ、と思ったのは、時々、成功率3割くらいの技に挑戦するんですね。勿論、一発で成功はしないんですが、失敗した時にも、とても上手に、それをトークでフォローする。それも、ただのフォローじゃなくて、逆にお客様の笑いを誘いつつ、その技が難しいんだ、ということのアピールや、成功した時への期待感を盛り上がるための、一つのステップとして利用しているんです。ひょっとしたらわざと失敗していたのかもしれません。それぐらい計算された感じがしました。
舞台上で歌をやっている人間としては、例えばとても難しい高音のパッセージが失敗したからといって、トークでフォローするわけにはいかないですよね。何食わぬ顔をしてそのまま続けるしかない。でも、パフォーマンスの中には、失敗が許される、というか、失敗を逆に利用できるジャンルがあるんだなぁ。
もちろん、失敗したからといって、そこで「素」に戻ってしまうと、パフォーマンスではなくなってしまうんです。その原則だけは同じ。ヘタな素人だと、慌ててしまったり、パニックになってしまったり、いきなりそこで、「日常の自分」に戻ってしまう。また、フォローの仕方が洗練されていないと、そこで盛り上がった空気が冷えてしまう。失敗した姿をきちんとパフォーマンスとして見せるだけの、トークの技術、能力が高いからできることです。
さらに言えば、マギー審司さんのマジックとかも見ていてそうですけど、失敗も時にはわざと織り込みながら、きちんと「決めるところは決める」。これにはそれだけの技がないとだめ。ずっと失敗しているだけだと、別の芸になっちゃうんですよね。きちんと見せるところは見せながら、所々で、そういう「失敗」を計算しつつ盛り込む。構成の力、というか。
八景島で見たイルカのショーでは、一頭のイルカが遊び始めてしまって、イルカ全体の気が散ってしまって、うまく芸ができない、というアクシデントがありました。これなんか、相手が動物ですから、人間ほどコントロールが効かないわけで、相手に合わせて、人間側がうまくフォローしてやるしかない。芸の種類を少なくしたり、難易度を下げたり、色々と試行錯誤していたようですけど、結果として、動物が飛んだり跳ねたりするだけで、結構お客様は満足してしまう。多少のアクシデントは織り込み済み、というか、あってあたりまえ、のような感覚で許されてしまっている。一つ成功すればそれだけですごい、というか。実際、トレーナーの方々に、素人目で見ても明らかに力の差が見えるんですが、力のあるトレーナーさんが技を決めれば、二番手の方の技が多少失敗しても、全体としては満足できてしまったりする。
もちろん、これが、全部失敗してしまうと芸にならないわけです。決めるところはきちんと決める、というのはここでも同じこと。ここで決めるぞ、という所では、きちんと決めてくるんですね。動物の芸とか、けん玉といった、ある意味特殊な「技術」を見せるパフォーマンスであっても、そういう「構成」とか、「演出」がすごく大事なんだなぁ、というのを改めて思いました。なんて言ってますけど、舞台を見ている間は、娘と一緒にきゃーきゃー騒いでいただけなんですけどね。へへ。