「華」ということ

本日は、勤務しているビルの1階ロビーで、ランチタイムコンサート、というのが開催され、以前新宿オペレッタ劇場で拝見したことのある、赤池優さんのステージを楽しむことができました。

お昼休みのオフィスビルの1階ロビー、ですから、人通りも多いし、騒音もひどい。音響的にも、決して優れた場所じゃない(基本的にはお風呂エコーです)。条件的には最悪のステージだと思うのですが、赤池さん初め、共演された大久保陽子さん、森岡紘子さん、皆様、とても聞き応えのある、立派なステージを見せてくださいました。さすがプロだなぁ、という感じです。私なんか、ちゃんとした演奏会場でも、客席で子供が泣いただけで、集中力途切れちゃうもんねぇ。ほんとに立派です。

企画としては、3人のソプラノ歌手の共演、ということで、古今東西の歌曲やオペラアリアを聞かせてくれる、という企画だったのですが、これはちょっと残酷な企画だなぁ、と思っちゃった。若手演奏家、ということもあると思うのですが、3人の実力差が結構はっきり見えちゃうんですね。円熟した歌手の競演、ということであれば、それぞれの個性がぶつかりあう楽しみがあると思うんです。それに、若手であっても、声部が違う、とか、キャラクターが全然違う、ということであれば、そういう「競演」の楽しみがあったか、とも思います。でも、このお三方は、キャラクターがちょっとだぶっている感じ、というか、まだキャラクターが固まりきれていない感じがあって、どうしても「違う個性の聞き比べ」というより、「力比べ」という感じになってしまう。ちょっとかわいそうな気がしたなぁ。オペラ研究所の発表会じゃないんだからさぁ。

大久保さんは、とにかく上背があって、スタイルも抜群、ドレスも露出が高くて舞台に立つだけで存在感がある。夜の女王を歌われたのですが、呼吸のコントロールの難しいこの難曲を、見事に歌いこなしてらっしゃいました。ただいかんせん、顔の表情が暗くて、ただ棒立ちになっている感じ。声も、ちょっと奥にこもっている感じで、前にばぁん、と広がってくる爽快感に欠ける気がしました。これだけの存在感をもってらっしゃるのだから、もっと前にアピールしてくるような歌を歌われればいいのになぁ、と、ちょっと残念に思いました。

森岡さんは、まだ院生、ということを考えると、将来楽しみな美声の持ち主だと思いました。声がほんとによく出ます。ただ、表現の幅、という点で言えば、残念ながらまだ勉強中、という感じがしました。ミミのアリアなども、高音域がすごくよく出るし、よく伸びるのですが、どこか力任せな感じがして、ミミのはかなげな風情が出てこない。舞台上の所作もどこかぎこちない。これからが楽しみ、という感じでした。

さて、赤池さんですが、こうして見ると、3人の中では頭一つ抜けている感じでしたね。声のつや、表現の幅、舞台上の所作のあでやかさ、そして安定したテクニック、と、どれをとっても、質の高いパフォーマンスを見せてくださいました。日本歌曲も歌われたのですが、それも含めて、口元が本当にきれいに動いて、母音がとてもきれいに響く。もともととても容姿に恵まれた方ですが、だからといってそれに甘えるのではなく、きちんと本格的な歌と、美しい所作を訓練されているのが立派です。ヘンにアイドル路線に行くのじゃなくて、あくまで本格派として勝負していってほしいなぁ、と思いました。
時々、猫背になっちゃう癖があって、それが少し残念なんですが、最後の椿姫のアリアでは、堂々たる立ち姿で、素晴らしい歌唱を聞かせてくれました。今後も頑張ってほしいなぁ。

お三方とも、容姿に恵まれた方々で、耳だけでなく目も十分楽しませてもらえたのですが、舞台上の「華」というのは、決して肉体的な容姿だけじゃなくって、その与えられた容姿をどう動かすか、どう美しく見せるか、というテクニックから生まれてくるものなんだ、というのを改めて確認した午後でした。