最近この日記が、さくら学院の感想ばっかりになっていて、身内から若干苦情申し立てもあったので、ちょっと近況報告も兼ねて、昨日、4月19日にマエストローラ音楽院で開催した、自分のソロリサイタルの感想を書こうかと思います。色々とやらかしたんですが、それでも、やってみてよかった、と思えたイベントでした。以下、ご来場くださった皆様にはMCでお話した内容もありますが、リサイタルに至る経緯や選曲の過程などで思ったことを、前半の歌曲を中心に、まとめておきます。
こんな泥舟企画に同乗してくださった、心優しい、ソプラノの君島由美子さん、ピアニストの小澤佳奈さん、本当にありがとうございました。そんなに心優しいとね、振り込め詐欺にあいますよ。
Singspielersのさろん・こんさぁと、と銘打ったシリーズは、今回の会場にもなったマエストローラ音楽院を舞台に、何度か開催していて、前回は、昨年の6月、少し会場を広くして、渋谷のラトリエというサロンで、「わるいやつら」というお題で開催しました。そのあと、次はどんな企画のコンサートにしようかなぁ、と思っていた時に、ガレリア座の友達の一人に、
「北さんがやってきたオペレッタの役って、『わるいやつら』というより、『憎めないやつら』って感じですよね」
と言われて、そうか、「憎めないやつら」ってのもいいな、と思ったんですね。これまでやってきたオペレッタのレパートリーがそこそこ溜まっているから、何曲か披露すれば、お客様に楽しんでいただける舞台が作れるかも、と。だったら、思い切ってソロリサイタルにしてみようか。
でも、せっかくやるなら、今までやってきたレパートリーだけだとつまらない。何かしら、オペレッタだけじゃなくて、新しい曲に挑戦してみたい。とはいえ、全く知らない曲に挑む自信もないので、自分の知っている曲で、新しいレパートリーにできる歌曲とかないかな、と思っていた時に、女房が歌った、木下牧子先生の「夢みたものは...」を聞いて、自分のよく知っている合唱曲を歌曲にアレンジした曲を取り上げるといいな、と思いついた。オペレッタのステージと組み合わせれば、自分のやっている、合唱とオペレッタという、二つの音楽活動を包括したリサイタルに仕上げられるな、と決めて、そこから話がどんどん具体化してきました。
まずは、「憎めないやつら」のバランスで、合唱曲のステージのタイトルをどうしようかな、と考える。リサイタルや演奏会のタイトルはすごく大事だ、と思ってしまう夫婦なんですよ。女房がアメリカから帰国してきた時のソロリサイタル「ただいまの気持ち」というタイトルも、かなりこだわって、「ただ今帰りました」と「ただ今この瞬間の気持ち」という二つの意味をかけてつけたタイトルでしたし。私の企画のサロンコンサートのシリーズも、「わるいやつら」とか、「オペレッタの中の「ラ・ボエーム」」とか、お客様の目を引くキャッチフレーズにかなりこだわる。ということで、混声合唱団でなかなか主旋律を歌わせてもらえないベースの悲哀と、取り上げる予定の木下牧子先生の歌曲のタイトルを組み合わせて、「ロマンチストのベースが夢見たものは主旋律」というふざけたタイトルを思いついて、これでいこう、と。
木下先生の歌曲の中から、これとこれを歌いたい、とリストアップして、家で「こんな感じで歌いたいんだけどね」という話を女房に相談。そうしたら、女房が、
「どの曲も調性と曲調が似通っているよね。リサイタルの選曲をする時には、違った曲調や調性の曲を少し間に挟んだりしてみるものなんだよ。」
と言い出して、木下牧子先生の歌曲集を眺めながら、「これがよいと思う」と差し出してきたのが、「夕顔」。女声合唱曲「叙情小曲集『月の角笛』」の中の一曲なので、混声合唱で育ってきた私にとっては初見の曲だったのですけど、短い中に緊張感とドラマが詰まった素晴らしい曲で、よし、挑戦してみよう、ということになる。
他に、「鴎」は絶対やりたい、という話をする。合唱人ならかなりの人が歌ったことのある名曲なんですけど、混声合唱の「鴎」のベースは、ほとんどハミングで、この素晴らしい主旋律を歌うことができない。主旋律を歌いたい、というテーマにこんなにしっくりする曲はないからね、という話をしたら、またしても女房が、
「この『鴎』がどんな意味があるか、知ってるかね?」
と言ってくる。昭和21年に三好達治先生が書かれた詩、ということは知っていたので、終戦直後の解放感を歌った詩なんじゃないのか、と言ったら、
「鴎はね、海軍兵学校の学生さんの白い夏服を象徴しているんだよ」
と言われる。そうだったのか。ネットで調べてみると、第二次大戦中、戦意高揚の詩を沢山書かれていた三好先生が、学徒出陣の学生を前に、「なぜ前途ある君たちが死地に向かわねばならないのか」と号泣された、というエピソードとともに、歌詞の中には「彼ら」としか歌われていない、歌のタイトルの「鴎」が、戦地に散った学生の魂を象徴している、という話が載っていた。そんな歌だとは全然知らずに今まで、かっこいい歌だなぁ、と気持ちよく歌っていた自分を大変恥ずかしく思うと共に、ああ、これだけでも、このソロリサイタル企画してよかったなぁ、と思う。ソロリサイタルをやろうと思わなかったら、そして、この曲を取り上げようと思わなかったら、私はこれからもこの曲に込められた詩人の血を吐くような慨嘆の想いを知らないでいただろうな、と。
さて、曲が決まったら、次に調性です。原調で歌えればいいんですが、さすがにバスバリトンの自分には高い曲が多い。師匠の立花敏弘先生のところに持って行って、原調で歌ってみると、先生から、「うーむ、ちょっと高いよねぇ」といわれる。
「自分の持っている一番いい声でお客様に届けよう、ということをメインに考えるのが大事だよ。原調にこだわる人もいるけど、オペラやアンサンブルや試験じゃないんだから。自分の声の魅力が一番出る調性に変えればいいんです。その方がお客様にとっても自分にとっても心地よいのだから」
と言われて、「ロマンチストの豚」以外の曲は、全て原調から半音~全音移調して歌いました。それでもかなり高音だったのだけど、原調で歌うより無理なく表現できたと思います。移調楽譜は娘が、「一曲x千円ね」とアルバイトで作成してくれました。
こうやって振り返ってみれば、今回のソロリサイタル、ソロ、と言いながら、共演者のお二人、色んなアドバイスをくれた女房どの、師匠の立花先生、娘と、色んな人に支えられて本番の日を迎えられたんだな、と、改めて思います(ヘアメイクをお願いしたラルテの松本さんもね)。そういうプロセスの中で、自分の知らなかった曲、知らなかった物語、舞台を作る上での心構えなど、色んなことを学べました。一つの新しいことに挑戦すれば、必ず何かしら得られるものがある。50を過ぎて、もういい加減落ち着かないといけない年齢ではあるんですけど、こんなに新しい発見があるから、やっぱり挑戦することはやめられないと思った、そんな人生初のソロリサイタルでした。支えてくれた皆さん、そして何より、あの場に集まって下さった優しい笑顔のお客様方、本当にありがとうございました。まだまだ色々企ててまいります。これからも生温かい目で見守ってやってください。やっぱり舞台っていいなぁ。本当にいいなぁ。
第二部、おなじみ、オッフェンバックの「天国と地獄」より、「ハエの二重唱」。これをレパートリーにして何度も歌っている自分って、何者なんでしょうって思うよね。