「記号」の罠

昨日は胃痛がひどくて会社をお休みして、ひたすら寝てました・・・どうもすっきりしないなぁ。明日の胃カメラ検査の結果で、ちゃんとした薬を処方してもらえるといいんですけど。

というわけで昨日は日記もお休み、ひたすら寝てたんですけど、お昼あたりは、ベッドに横になりながら、女房お勧めの東海テレビ番組「永遠の君へ」を見てました。それで思ったこと。

TVドラマにしても、小説にしても、誰もが分かりやすい「記号」っていうのがあるんだなぁ、ということ。例えば、「永遠の君へ」の主人公は、芸大の教授のお嬢さんですけど、その設定自体が、「いいところのお嬢さん」という「記号」になるんですね。そのお嬢さんが、「キャバクラの店長」=「悪い男」という「記号」と恋に落ちる、というのが、なんて分かりやすい筋立てなんだか・・・

この「記号」には結構腹立つことも多くて、「エリート銀行員」=家庭を顧みない仕事人間、とか、「サラリーマン」=組織の歯車、とか、あまりに偏った「記号づけ」にすごく不愉快になることがあります。メディアがこういう取り上げ方しかできないから、若者が「自由人」とかいうものにあこがれて、就職率が下がるんだよなぁ。サラリーマンにだってやりがいはあるんだぞ。銀行員だって家庭を大事にしている人はいるんだ。自由人って言ったって、サラリーマンなんかよりも何倍も何倍も努力し、勉強し、鍛錬し、修行して、やっと得られる「自由」なんだぞ。そういう心構えがちゃんとあるのか?誰でもなれると思ったら大間違いなんだぞ。そこの若者!

・・・というオッサン的な憤りは置いておいて、ここでは、この「永遠の君へ」の主人公が、「著名なヴァイオリニストかつ芸大の教授である人物を父にもった女性」であることに注目したいと思います。つまり、「クラシック音楽」=高尚・上品・高級・上流階級・・・という「記号」です。

私自身は、ガレリア座、という、オペラ=高尚、なんて意識をぶっ飛ばしてしまうような団体でオペラの世界に足を踏み入れてしまったせいで、こういう「記号」からは割と距離がありました。でも最近、逆に、クラシック音楽を支えている人たち自身が、こういう記号を自分から作っている、あるいは守リ続けることで、自分の基盤を安定化しているんじゃないか、と思うことがあります。

最近にそれを思ったのは、娘が通っている、桐朋学園の「子供のための音楽教室」が主宰した、「子供のためのコンサート」に行った時です。「歌曲とオペラの世界」ということで、出演者は名古屋木美さんと藤川泰彰さん。立派なソリストさんたちですが、なんといっても子供向けのコンサートですし、子供たちに、「クラシックのコンサートというのはこういうものなんですよ」というのを身に付けてもらう機会です、ということで、きっと楽しいコンサートだろうな、と期待していたんですが・・・
非常に退屈なコンサートでした。確かに、ソリストのお二人の歌は素晴らしかったのですが、子供たちにイタリア歌曲だの日本の唱歌だのそのまま聞かせたって楽しいはずもない。聞かせ方に一工夫入れてあげないと、子供は楽しめないと思うのに、司会進行の方が、とにかく「アカデミック」な曲目解説に終始していて、要するに、「音楽教室」ですから、お勉強の場なんですね。クラシックのコンサートというのはお勉強の場なんです。案の定、娘は退屈して舞台なんか見ちゃいない。早く帰りたいの一点張り。

クラシックって、まずは楽しむもので、楽しんだ後に、それを学ぶ、研究する、というステップが来ると思うんですが、逆なんですね。その後に行った、新宿文化センターでの、「音楽のおくりもの」という子供向けのコンサートが、客席も一体になってものすごく楽しみながら、クラシックの楽しさを十分に伝えていたのとは大違い。

でも逆に言えば、そうやって、「アカデミックなもの」「高尚なもの」という形にしているからこそ、高い金が取れる、というのもあるんでしょうね。SKYパーフェクTVで、クラシカジャパンが一番高い視聴料を取っている、というのも、そういう「高級感」という記号を売りにしている以上、安い値段では売れない・・・ということなのかも。はっきり言って、クラシカのオペラ番組より、シアターTVのオペラ番組の方がよっぽど充実していると思うんだが。

舞台である以上は、そこで表現されたもの、そこで観客が受け取ったものが全て、だと思うのです。エンターテイメントなんだから、そこで観客の心がどれだけ動いたか、というモーメントだけを測るべき。そういう観点で言えば、浪曲だろうがカラオケ大会だろうが演芸会だろうがクラシックだろうがヒップホップだろうが、舞台の上では全て平等。お客様が感動したかどうか、それだけが評価の基準であるべきなんですがね。

記号の呪縛、というか、記号の罠、というか・・・そういうものに、自分自身もはまっていないか、時々は自省してみることが大事だなぁ、と思いました。