佐々木蔵之介さん・弱虫ペダル・浅草オペラ100年〜オリジナルを知っている方が絶対面白い〜

なんか三題噺みたいなお題をつけちゃいました。まるでそれぞれに関係がなさそうなこのタイトル、ちゃんとお話としてオチまでもっていけますかどうか、お立合い。

ひよっこ」の佐々木蔵之介さんを見て、佐々木さんを初めて見たのは、惑星ピスタチオの「破壊ランナー」の舞台だったなぁ、と思う。腹筋善之助さんを座長としたパワフルな舞台の中で、上背のある抜群のシルエットと、どこかしら誠実さを感じる不思議な存在感で、狂気をはらみながらもどこか憎めない悪役を端正に演じてらっしゃった。新宿トップスで生で見たあの舞台が、なんだかすごく懐かしくなって、DVDに録画してあった「破壊ランナー」を見直してみる。人間が音速を超えて走る、という荒唐無稽な設定を、舞台を駆け巡る汗まみれの俳優の肉体表現だけで描き切ったこの作品、今見ても本当に新鮮で、本当に刺激的な舞台。ヒロインを演じられた平和堂ミラノさんが、汗と笑いと絶叫にあふれた舞台の中で、どこか清涼感のある存在感を魅せていて、やっぱりよいなあ、と思い、ネットで調べて、この平和堂ミラノさんが38歳の若さで亡くなっていたことを知ってショックを受ける。脚本や演出も手掛けるマルチな舞台人で、とても素敵な方だったのになぁ。本当に残念。佐々木蔵之介さんは、20年前の舞台の姿と今の佇まいがほとんど変わっていなくて、こういうぶれない軸を持っている人って、やっぱりいいなぁ、と思う。

そんなことを思っていたら、娘が「友達からもらった」と、舞台のチラシを持ち帰ってきた。これが、いわゆる2.5次元パフォーマンス(アニメや漫画作品を舞台演劇にしたパフォーマンス)の代表作の一つと言われる「弱虫ペダル」。あの自転車ロードレースのスポ根物語が舞台でどう表現されるのやら、と思ってよく見てみれば、演出が西田シャトナーさんなんですね。惑星ピスタチオの座付き作家にして、「破壊ランナー」などの舞台で「小道具などを一切使わず、パントマイムと膨大な説明科白を駆使して場面描写や登場人物の心情を表現する「パワーマイム」と呼ばれる手法(出典:Wikipedia)」を確立し、音速を超えるスピードレースを人間の肉体だけで描き切った演出家。「弱虫ペダル」でも、自転車レースを、実際の自転車を一切使わず、ハンドルを手に持った役者達の肉体パフォーマンスだけで描いている、という情報を見て、西田シャトナーさん、全然軸がぶれてないなぁ、と、これまたうれしくなる。

今の佐々木蔵之介さんしか知らない、とか、「弱虫ペダル」の今の舞台しか知らない世代からすると、そこが出発点になるんだよね。でも、やっぱりオリジナルを知っている方が絶対に面白い。あの「破壊ランナー」での蔵之介さんの突き抜けた芝居の先に、今の味のある演技がある。惑星ピスタチオが衝撃と共に演劇界に持ち込んだ「パワーマイム」を知っている方が、「弱虫ペダル」の表現をより楽しめる。おっさんはすぐに蘊蓄を語るんだから、と言われるかもしれないけど、文化っていうのはそういう重層的な視点から検証分析されることでさらに深まっていくものなんじゃないかな、と思うし、蘊蓄を語れる人は素直にすごいと思った方がよい。もちろん、ものすごく浅薄な知識で知ったようなことを言う自称「文化人」というのもいるから、要注意なんだけどね。そういう似非文化人の薄っぺらさを見抜くのは、より深い多層的な視点であり、オリジナルに対する知識と、そして何より、オリジナルを生み出した先人たちの挑戦とパワーに対するリスペクトと愛情の深さだと思う。

さてここで、浅草オペラですよ。今年で生誕100年を迎えるという浅草オペラ。オペレッタ上演に関わってきた人間として、以前から存在自体は知っていたけど、初めてその全体像に触れて衝撃を受けたのは、5年ほど前に、信濃町民音音楽博物館で開催された「浅草オペラの時代展」という展覧会でした。小さな展示室3室くらいのこじんまりした展覧会だったのに、女房と二人して2時間近くこもって、各種の展示物を目を皿のようにして眺めた記憶があります。1917年に生まれた浅草オペラが、関東大震災で灰燼と化すまでわずか6年。でもそこで輸入された最新の西洋音楽は、歌舞伎や小唄、寄席、といった当時の大衆芸能と見事に融合し、太平洋戦争後のショウビジネスの表現形態に多大な影響を残した。

民音音楽博物館で流れていた、エノケンの「ベアトリ姉ちゃん」や佐々紅華の「茶目子の一日」なんかを見ながら、こういう洒落っ気って、昭和歌謡や初期のテレビバラエティ「シャボン玉ホリデー」や「夢で逢いましょう」、あるいはドリフの「八時だヨ全員集合」なんかにも通じるよなぁ、と思った。大学生の頃、初めてNHK教育で見た、ウィーンフォルクスオーパの来日公演、カールマンの「チャールダッシュの女王」のワルツに、昭和歌謡と共通するメロディラインを感じたのは偶然ではない。大正の浅草で、モダンボーイやモダンガールが酔っていたのは、海を越えて持ち込まれた同時代のオペレッタのメロディだったのですから。

その浅草オペラ、100周年を祝っての一大イベントが、この10月、浅草東洋館などの浅草の会場で開催されるそうです。東京室内歌劇場の歌い手70人による、全21公演という大イベント。うちの女房もそのうちの3公演に出演するのですが、見事なまでに浅草大道芸と化した「カルメン」「蝶々夫人」「女心の歌」など、ひょっとしたら現代よりもよほどグローバル化されていた大正デカダンスの東京浅草の熱気がむんむん伝わってくるプログラム。西洋音楽という新しい潮流を貪るように自分のものにしていった当時の浅草のパフォーマーたちの熱情に、オリジナルの凄みを感じ取れるイベントです。お時間のある方は是非、浅草東洋館まで足をお運びください。あれ、結局舞台の宣伝になっちゃった。