初Tanglewood〜長い闇のその先に〜

Tanglewoodに行ってきました。色んな意味で、希有の体験をさせてもらいました。長生きしていると色んな経験するよ。

演奏会のことはまた書くとして、とりあえず、旅の模様を。

ニュージャージーの我が家からは、車で片道3時間のドライブです。長旅に備えて金曜日の夜からたっぷり寝だめをして、午後3時ごろ出かける。天候は曇り。暑すぎず、涼しくて、野外演奏会にはぴったり。近所のガソリンスタンドで給油をして、出発。

ジョージ・ワシントン橋を渡って、マンハッタンに入り、そのまま北上する道に入っていくと、あっという間に高速道路の左右を森が包み込む。ニュージャージの西側でも同じような光景になりますけど、森の隙間に建物が見え隠れしたりするもの。でも、ホワイトプレーンズを超えたあたりから、森しか見えなくなる。その森が時々切れると、ひたすら緑の草原が広がっていたりする。森と道と車と空しかない。

高速を降りてさらに北上していくと、牧場や広いトウモロコシ畑が続く農村地帯になります。放牧されている牛や馬を見ながら、ひたすら走る。カーナビ君が、「50マイル(80キロくらい)道なりです」なんて言う。長野あたりの山裾の光景がどこまでもどこまでも続いている感じ。そこに時々、A&P Marketのある大きなショッピングモールや、ひたすら続く巨大なサッカーフィールドなんかが見えたりする。気持ちいいんだけど、だんだん飽きてくる。気持ちいいにも程がある、という気分になる。さすがに途中休憩しようと、見かけたショッピングモールの一つに入って、しばし休憩。農作業用品がずらっと並んでいるお店のトイレで用を足す。フィールド・オブ・ドリームスの世界だぁ、と思う。

約3時間、本当にこんなところに音楽する場所なんかあるのか、と何もかもが信じられなくなってきた頃、道の真ん中に交通整理の警官が立っていて、車の数が急に増える。駐車場へ車を誘導する警察官と会場スタッフさんたちが並んでいて、東京ディズニーランドの駐車場の人たち(あそこまで愛想よくないけど)並みに、コーナーごとに立っていて効率よく車を誘導してくれる。だだっぴろい広場のような駐車場に車を止めて、メインゲートへ。

メインゲートはなんだか動物園か植物園の入り口のような感じです。ゲートを入ってすぐ右に行くと、Tanglewood Cafe & Grillというお店があり、その手前に、事前予約しておいたお弁当を受け取る窓口がある。私はチケットを予約した時に、このお弁当を事前予約しておきました。予約の番号をお姉さんに告げると、冷蔵庫から出してきてくれる。Meals-to-Go、というシステムで、お弁当には、サンドイッチが入っているBagと、サラダ・メインディッシュ・デザートとそろっているBox、もっと立派なTote、という3つのコースがあります。私が選んだのはBox。日本のケーキ屋さんでもらうような取っ手付きの四角い箱の大きなやつをぽん、と渡してくれる。中にはミネラルウォーターのペットボトルと、サラダとメインディッシュ、デザートが入っている。飛行機の機内食みたいな感じで、量も味も十分。

メインゲートから入ってすぐに、ひたすら広がる芝生と、左手にででん、と現れるのが、Koussevitzky music shedというメインの野外音楽堂。野外音楽堂、といっても、とにかくでかい。芝生も広いが、芝生に負けないくらいでかい。芝生ではすでに、シートを敷いて持ち込んだ椅子に座ってくつろいでいる団体さんがたくさん。中には本格的に大きなテーブルを持ち込んで、料理を並べている人たちもいれば、毛布にくるまって眠りこんでいる人もいる。子供連れもたくさんいて、完全にピクニック広場状態。

音楽堂を抜けて左手の奥に進むと、オザワセイジホールが見えてきます。このホールも、客席の後ろの壁が開くようになっていて、そのまま音が外に抜けていく構造になっている。音楽堂も、ホールも、東西方向に建てられており、東側に舞台があって、西側に向けて口を開く構造になっている。西側は、と見れば、この敷地全体が少し高台になっていて、西には緑一色の低地が広がっている。音がそのまま地平線に向けて吸い込まれていくような感じ。

Cafeのテーブルで食事をし、次第に暗くなってきた芝生に戻ると、シートを広げた人々の間には、ろうそくを何本かつけて明りにしている人がたくさんいました。懐中電灯なんかより風情があっていい。中には、ガラスのランプの中にろうそくを入れて明りにしている人もいて、お洒落だなぁ、と思う。

私はShedの中、屋根の下の椅子席を確保していたので、そのまま椅子席に。オーケストラの面々が三々五々舞台に集まってきます。演奏会の開始を知らせる鐘の音とともに、会場の明りが点滅し、そして、開演。

開演は8時30分で、終わったのは11時。あっという間の2時間30分。まさに真夏の夜の夢を見たような幸福感で会場を後にする。いろいろ大変なことも多いけど、やっぱりアメリカに来てよかったなぁ、と初めて思ったりして。

さて帰り道。例によってカーナビ君頼りに車を進めていくと、カーナビ君が、「90マイル道なりです」とのたまう。90マイルってのはすごいなぁ、と思いながらぶっ飛ばしていくのだけど、この道がとにかく暗い。街灯がなく、ヘッドライトの明かりをまぶしく反射する道路標識しかない。しかも走っている車の数が少ないので、ヘッドライトが照らす範囲の道と、道路標識と、あとは闇。ヘッドライトをハイビームにしても、ビームがそのまま闇に吸い込まれて、道の先が右に曲がっているのが左に曲がっているのかさえも分からなくなる。曇り空で月も見えず、星も見えない。闇の圧力で押しつぶされそうになる。左右から闇を包んだ森が押し寄せてくるような感じがする。当然、森の中には人家の明りの気配もない。

そういう道を1時間以上走っていると、だんだん頭の中がぼんやりしてきて、道路の白い線の連なりで催眠状態になるような気分になる。道がそのまま地底に続いて、気がついたら全然別の世界にたどりついているんじゃないか、なんて気分になってくる。時々追いつく車の後部ライトや、対向車線のヘッドライトで我に返る。サービスエリアで休みを取る気にもなれないのは、サービスエリアを示す道路標識の矢印が、そのまま闇を指しているように見えるから。

とにかく早く帰ろうと、何台も車を追い越しているうちに、ニューヨークに近づくといきなり世界が明るくなり、通り慣れたジョージワシントン橋が急に現れて、心底ほっとする。都会の喧騒と、Tanglewoodの天国の間をつなぐ長い闇。なんだか遠い宇宙旅行をしてきたような、不思議な体験でした。アメリカにいると、これからもこういう経験を重ねることになるんだろうなぁ。広すぎるんだよなぁ。