夜中の13時

かなちゃんがそのお店で見つけた時計は、とっても不思議な時計でした。

かなちゃんが、パパやママと一緒に遊びに行ったホテルの地下に、そのお店はありました。
お人形や、きらきらしたガラス細工のおもちゃや、綺麗な日本人形なんかが、所狭しと並んでいる、小さなお店です。
不思議な時計は、そんな人形たちが身を寄せ合っている奥の方に、クマのぬいぐるみの傍らで、ひっそりとありました。

最初、かなちゃんは、クマのぬいぐるみを見ていたのですけど、いつのまにか、その時計の文字盤を、じっと眺めていたのです。
なんだか、どこかおかしいなぁ。
どこがおかしいのか、よく分からないけれど・・・

じっと見ているうちに、気がつきました。
文字盤の上に書かれた数字が、普通の時計と違うのです。
普通の時計なら、12の数字が一番上にあって、右下に、1の数字があって、2,3,4,5・・・と続いていますよね。
そうして、11までの数字が、ぐるりと文字盤の回りに並んでいます。
でも、この不思議な時計は・・・

12の数字の代わりに、「13」という数字がありました!

そうして、右下に、1の数字があって、2,3,4,5・・・と続いていき・・・
13の数字の左下には、「12」という数字が書かれています・・・

どういうことなんだろう?
時計の文字盤に、12という数字があるのは、1日が24時間だからです。
夜中の12時から、お昼の12時まで、12時間・・・
お昼の12時から、夜中の12時まで、12時間・・・
12時間のうちに、時計の針が文字盤を一周して、2周すると、1日。
・・・とすると、この時計は、26時間かけて2周するってこと・・・?
夜中の13時から、お昼の13時まで、13時間?
お昼の13時から、夜中の13時まで、13時間?
夜中の13時って、いったい何時?

「かな、何か欲しいものがあるの?」パパがかなちゃんの後ろから、声をかけてきました。
「・・・お、なかなか綺麗な時計だねぇ。」パパが、時計に気がつきました。
「・・・不思議な時計だと思わない?」かなちゃんがパパに尋ねます。
「・・・確かに、ちょっと面白い模様だけど・・・」とパパが言います。パパったら、13っていう数字がヘンだと思わないのかしら。
「ヘンでしょ、13時なんて書いてあるんだから。」かなちゃんは言いましたけど、パパは首を傾げています。
「13時?」

パパが時計を手にとって、かなちゃんに見せました。「13時って、なんのこと?」

かなちゃんは、あれっと首を傾げてしまいました。文字盤の上には、1,2,3,4・・・12までの数字が、普通の時計と同じように、綺麗にまるく並んでいます。おかしいなぁ、さっきまで、12の数字の代わりに、13っていう数字があったのに・・・

「そういえば、かなにもちゃんとした目覚まし時計が必要だったね。綺麗な時計だし、この時計、買ってあげようか。」パパが言いました。
かなちゃんは大きくうなずきました。おうちに帰って見てみたら、ひょっとしてまた、13という数字が見えるかもしれない・・・なんて思ったのです。
 
かなちゃんの部屋の、ベッドのそば、枕元に、その時計がちょこん、と置かれました。
確かに、お店で見た「13」の文字は消えています。
1から12までの数字が綺麗にならんだ、ちょっと古めかしい、綺麗な時計。
試しに、パパが、目覚ましの鈴を鳴らしてみましたら、それはそれは綺麗な鈴の音が、りんりんと鳴り響きます。
かなちゃんは、すっかり嬉しくなってしまいました。
きっと、「13」なんて見えたのは、目の錯覚だったのに違いありません。
13なんて、ちょっと不吉な数字ですもんね。
真っ白な文字盤の輝き、ちょこん、と立てたときの周りの金色の飾りの素敵なこと。
鈴の音を止めるボタンも、かなちゃんの指にとってもしっくりきます。
「いい時計を買ったのね」ママもニコニコしています。
「明日の朝は、早速、この目覚ましで起きるんだ!」かなちゃんは張り切って、お風呂に入って、パジャマに着替えました。さぁ、明日は学校だ。ゆっくり眠らないとね・・・
 
うとうとと眠っていたかなちゃんの枕元で、りんりんりん、と音がします。りんりんりん。おきてくださいおきてください。りんりんりん・・・
目をぼんやり開いたかなちゃんが、「そうだ、目覚まし時計を新しくしたんだっけ」と、寝ぼけまなこで、枕元の時計を探ります。
かちん、と可愛い音がして、かなちゃんの指にぴったりするボタンが押されました。りんりんりん、と鳴っていた鈴の音は、かちん、に合わせて止みました。

朝、6時に目覚ましをかけたはず・・・でも、かなちゃんの周りは、なんだか不思議な感じがします。いつもの朝ではないような・・・
どこが違うのって・・・?なんとなく、空気が違います。いつもの朝の、いつものお部屋の空気とは、なんだかどこかが違うような・・・
そうです、色が違います!窓の外から差し込んでくる明りの色が違います。窓の外から流れてくる光は、ぼんやり明るいピンク色でした。ピンク色?

目をパッチリ開けたかなちゃんの前に、うっすらピンク色に染まったかなちゃんの部屋が見えます。
こんな光に包まれた部屋を見たことがありません。
どうなってるの?
かなちゃんは、枕もとの目覚まし時計を見て、どきっとしました。

時計の文字盤に、大きく、「13」の文字が見えます。
時計の針の全部が、13の文字を指しています。
朝、6時にセットしたはずの、目覚まし用の針も、13の文字を指しています。
そう、今は「夜中の13時」なんです。

かなちゃんはベッドから慌てて降りました。
パパやママに知らせなきゃ。
かなちゃんのお部屋から、パパとママの寝室に飛び込んで、「大変だよ!」と叫ぼうとして・・・
かなちゃんはそのまま固まってしまいました。

パパのベッドの上で、パパそっくりに、とんでもない寝相で、ふとんと絡まるようにして、大いびきをかいているのは・・・

大きなタヌキでした!

大きなタヌキが、大きなお腹をボリボリかきながら、がーごーがーごーとすごいいびきをかいています。
パパは、パパはどこにいったの?
かなちゃんは、となりのベッドを見て、またびっくりしました。
ママのベッドの上で、丸くなったふとんから、飛び出ているのは・・・
大きな長い、ピンク色の耳です。
ひょっとして、ひょっとしてママじゃなくって、これは・・・?

「・・・ん?」

大きないびきが止んで、タヌキが、片目を開けました。
きょろっとかなちゃんを眺めます。

「あれ?かなじゃない?」タヌキが寝ぼけ声を出しました。そして、自分の体を眺めて、もう一度、かなちゃんを眺めました。

「あれ?ばれた?」タヌキはにやっと笑いました。「ママ、まずいよ、かなちゃんが起きてきちゃったよ」

ママのベッドの布団がもぞもぞ動いて、布団の中にいたものが、顔を出しました・・・ああ、やっぱり。

ママじゃなくて、それは、大きなウサギでした!

「あれぇ、どうしてかなちゃん、起きちゃったの?」ウサギが言いました。
「夜中の13時には、子供は起きちゃダメなのに」

「しょうがないなぁ」タヌキとウサギはベッドから降りてくると、逃げるヒマもなく、かなちゃんを両脇から抱えました。「さぁ、ベッドに戻りましょう」

ウサギが歌います。

「夜中の夜中の13時
子供は起きちゃいけない時間
空がピンクの光に染まり
全ての大人がほんとうの
自分の姿に戻る時間」

ウサギの歌に合わせて、タヌキがぽんぽこ、お腹の腹鼓を叩きます。ぽんぽこぽんぽん。

「さあさお眠り夜中の13時
子供は起きちゃいけない時間
街が不思議の扉を開き
全ての大人がほんとうの
自分の姿で休む時間」

ウサギとタヌキが楽しそうに笑いながら、歌に合わせて踊ります。ぽんぽこぽんぽん。らららんららぁん。

かなちゃんはなんだか楽しくなって、ああ、これは夢なんだなぁ、と、にこにこしながら、やわらかくって暖かいウサギの毛皮にしがみつきました。そうだよ、パパがタヌキで、ママがウサギ、なんて、そんなこと、夢に決まってる。

ぬいぐるみみたいに柔らかなタヌキの手のひらが、そっとかなちゃんを抱き上げました。さぁ、ベッドでお休みなさい。ウサギがささやくように歌います。ゆっくり朝まで、おやすみなさい・・・
 
・・・りんりんりん、また優しい鈴の音がします。りんりんりん・・・
かなちゃんは目を覚ましました。枕もとの目覚まし時計を慌てて見ると、時計の文字盤には、「12」までしか見えません。
時計は6時を指して、りんりんりん、と可愛い音を立てています。かちり、とボタンを押すと、時計は黙り込みました。

いつもの朝です。パパは寝ぼけた顔で、「かなちゃんおはよう」と、部屋から顔を出しました。パパとかなちゃんが着替えて、二階から降りていくと、台所ではママが、お味噌汁のにおいの中で、「おはよう」と挨拶します。

夢だったのかなぁ。かなちゃんは、いつもの朝ごはんを食べながら、ぼんやり思っていました。夢にしても、あんまりくっきりした感じが残っていて、なんだか、パパやママにお話するのが怖いような気がします。夢だったんだよねぇ。夢に決まってるんだけど・・・

「かなちゃん、なんだかぼんやりしてるなぁ?」バス停に向かって歩いていく途中で、パパが言いました。
「どうかしたのかい?」
かなちゃんは、ちょっとモジモジしました。でも、やっぱりうまく言えません。だって、おかしいですよね、夜中の13時だとか、ピンクの空だとか・・・

いつものバス停にバスが来ました。パパはかなちゃんにバイバイして、電車の駅に向かいます。かなちゃんはバスに乗って、小学校に行くのです。
バスの扉が開きました。
かなちゃんは、振り返って、ニコニコしているパパに向かって、思い切って言いました。

「ねぇ、パパって、タヌキなの?」

パパは、かなちゃんの方をじっと見つめました。
そうして、にかっとすると、言いました。

「あれ?ばれた?」

そして、ニコニコしたまま、手を振って、駅に向かって歩いていきました。
かなちゃんは、パパのスーツの下から、茶色いふわふわしたシッポが、ちらり、と見えたような気がしました。
 
<おしまい>