新宿オペレッタ劇場20〜オペレッタとアガサ・クリスティ〜

8月8日、四谷区民ホールで開催された新宿オペレッタ劇場20を聞いて参りました。この日記でも何度も過去の上演の感想を書いていますけど、ついに20回目。開演冒頭に、支配人の八木原氏が、思えば遠くに来たもの、とおっしゃっていたけど、本当によく続けたものです。続けていれば、何かしら報われることがあるよ、というのは、私がGAGという団体を女房と一緒に立ち上げて、ぼちぼちと公演を打っていた時に、八木原氏に言われたセリフでもあるんですが、彼自身が自分のその言葉をこういう形で実践しているのを見ると、本当に頭が下がります。続けることって、口で言うほど簡単じゃない。

20回目のメモリアル公演、ということで、おなじみのメンバーや新しいメンバー含めた賑やかな顔ぶれの演奏会。本当に楽しめました。個人的には、今回初出演になる古澤泉先生の円熟の歌唱が好きだったなぁ。佐藤一昭先生もそうだけど、この年代のテノール歌手の歌い口の見事さ、コントロールされたタフな歌唱って、若手に真似の出来ない技術的な深みや、魅力がある気がする。

いつもこの企画の感想を書く時は、出演者のパフォーマンスについて書くことが多いんですが、今回は別の感想を。先日やった「シカゴ大公令嬢」で、オペレッタの持つ時代性に関心が行ったせいもあり、今回も、八木原氏宅に大量に保管されている埋れたオペレッタの名曲テンコ盛りの舞台から、オペレッタとその時代背景というテーマに目が行ってしまったので、その辺りを書こうと思います。というわけで、アガサ・クリスティです。

なんでアガサ・クリスティか、というと、星野恵里さんが歌った、レオ・ファル作曲「離婚した妻」というオペレッタの「寝台車の歌」というのが何とも色っぽくて素敵な歌だったから。寝台車に乗って旅をしてみたい、でも人気があるから、なかなか切符が取れないの、もし無理なら相部屋だっていいわ、と言って頬を染める美しい女性。もう星野さんみたいな、大人の女性の色気とキュートさを兼ね備えた歌い手さんに歌われたら、アラフィフのおっさんは鼻血吹きそうになる曲なんですが、寝台車、といえばやっぱり、アガサ・クリスティの傑作、「オリエント急行殺人事件」ですよね。

そう思って調べてみると、アガサ・クリスティは1890年生まれの1976年没。レオ・ファルは、1873年生まれの1925年没。クリスティが長寿だったことを考えると、かなり重なっているんですね。まぁちょっとこじつけかな。「オリエント急行」の発表年は1934年、対して「離婚した妻」が1916年なので、同時代、と言うにはちょっと離れているかもしれません。

同時代、という観点で見ると、レオ・ファルよりアガサ・クリスティと同時代人といえるのは、ロベルト・シュトルツです。彼の生年は1880年、没年が1975年。ほぼアガサ・クリスティと重なります。アガサの作品も沢山映画化されましたが、シュトルツも沢山の映画音楽を書いている。ちなみに、レオ・ファルの同時代人の有名な作家といえば、と調べてみたら、あのコナン・ドイルがそうでした。生年1859年、1930年没。

もう少し時代を下るパウルアブラハム(1892〜1960)の曲として紹介された、「ハワイの花」も、時代性を感じさせる曲でしたが、オペレッタの描く世界と、ドイルやアガサが数々の探偵小説で描いた世界には、当時の時代に流れる共通の匂いがある気がします。科学技術の発展に伴い、爆発的に拡大した人類の行動範囲、それを可能にする移動手段や、旅そのものへの憧れ、そして旅先で見聞きする異国の文化や芸術の刺激。アガサ・クリスティが「ナイル殺人事件」を書いたり、シャーロック・ホームズの盟友ワトソン博士がアフガ二スタン帰りの軍医だったりする時代と、レオ・ファルが寝台車の曲を書き、レハールが「微笑みの国」を書いた時代はやっぱり同じ時代なんですね。

オペレッタも好き、ホームズもポアロも好きでしたが、それが同時代のものとしてあまり認識されていなかった私にとっては、なんだか嬉しくなる発見でした。今更何さ、と言われるかもしれないけど、ホームズが行った劇場でレオ・ファルの新作がかかっていたかも、とか、ミス・マープルがシュトルツのオペレッタを批評していたりしたかも、なんて考えると、ちょっとわくわくしたりします。八木原氏の家には、ドプリンガーから仕入れた日本未公開のオペレッタの楽譜がまだワンサカあるというから、まだまだこのシリーズで、色んな新しい発見ができるんじゃないかと、今から次回が楽しみです。