「日本海大海戦」〜戦争について語ること〜

週末、録りためていた特撮映画、「日本海大海戦」を見る。円谷特撮の「プール特撮」の技術が遺憾なく発揮された戦争大作。日露戦争を描いた映画としては、「二百三高地」も有名ですよね。「二百三高地」が、日露戦争の一つのヤマであった旅順要塞戦を取り上げている一方で、「日本海大海戦」は、日露戦争のもう一つの剣が峰であった日本海海戦を中心に取り上げています。

円谷英二さんの遺作となった作品、とのことですが、プール特撮の迫力は凄まじいものがあります。軍艦のリアルな表面加工などは、スターウォーズの1作目の宇宙船の表面加工などと通じるリアリズム。波を蹴立てて進むバルチック艦隊の偉容、それを迎え撃つ連合艦隊の集中砲撃の描写など、CGでは表現しきれない本物の迫力。これがどうして継承・発展できなかったのか、ということはちょっと別の話として。

映画の基本トーンはドキュメンタリータッチで、戦争の開始から日本海海戦の勝利に至る様々なエピソードを、特に海軍側の視点からパノラマ風に概観していく感じです。この映画と「二百三高地」を見れば、日露戦争の全容が大体分かる、というレビューがありましたが、全く同感。ただ、映画「二百三高地」と根本的に異なる点がある。それは、「戦争」というものを語るに際しての屈折感のなさ、というか、ある意味「分かりやすさ」のようなもの。

以前この日記で、「潜水艦イ-57降伏せず」の中の特攻精神に対する違和感について語りました。それと同じような違和感が、「日本海大海戦」にはある。それは、「国のために死ぬ」「国のために戦う」ということを、さほど疑問もなく肯定し賛美する精神です。そして、戦争における英雄としての東郷平八郎を賛美しながら描写する姿勢です。その精神や姿勢そのものに対する異論反論は別として、ここでは、1969年というこの映画の製作時点において、「戦争」を「英雄物語」「愛国物語」として描写することができたのだ、という事実に注目したい。

これが、1980年に製作された「二百三高地」において、少し視点が変わってきていることに気付く。「二百三高地」においては、ロシアを愛する青年教師であるあおい輝彦が、部下の死を経て、ロシア兵に対する憎しみの化身と化していく心理の変化を中心に、旅順要塞戦に従軍した名もない兵卒たちの悲劇に大きな重点が置かれている。そこには、国のために死ぬ、というある意味美しい精神論よりも、人間と人間が憎しみあい、殺しあう、極めて殺伐とした、戦場という非人道的な場所を描写することに重点が置かれている。「戦争」に対する観点が変わってきているのです。

面白いなぁ、と思うのは、終戦から25年後の映画よりも、35年後に作られた映画の方が、ある意味厭戦的なトーンで製作されていること。昭和30年代から40年代にかけての日本では、戦争という事象に関する美談が、さほど屈託なく語られたのに、時間が経つにつれて、戦争という事象自体を美化したり、感動的な物語として仕立てることができなくなってくる。端的な言い方をすれば、戦後の時間が経過すればするほど、なぜか、戦争を描くことが難しくなってきている気がするのです。

戦争映画、というのにお金がかかる、という製作側の問題ももちろんあるとは思います。そういう製作側の制限のために、低予算の中で特撮技術が犠牲にされ、円谷特撮の高い水準を維持発展できなくなった、という副産物もある。しかしそれ以上に、戦後、様々な形での「言論統制」「表現制限」の網が次第にきつくなっていく過程で、「戦争」というものに対する表現が非常に難しくなってきた、という背景があるのじゃないだろうか。

戦争という事象が、勝者と敗者、加害者と被害者を分ける事象である以上、当事国の人間が、これをいかに客観的に描写しようとしても無理がある。沖縄戦や広島・長崎、東京大空襲の悲惨を語る日本映画は多いですが、加害者としての日本人を描くことは日本人には難しい。戦争映画を作っては、「加害者としての日本が描かれていない」とか、「戦争を美化している」と叩かれ、そういうバッシングを受ければ受けるほど、戦争についてのまっすぐな映画が撮れなくなる。唯一、日本側の狂気を描いた傑作が、「戦場のメリー・クリスマス」だったり、「海と毒薬」だったりしますが、あれは純粋な戦争映画とはいえないだろう。非常に屈折した表現ですよね。

日露戦争、というのは、ある意味、勝った側も負けた側も傷ついてボロボロになった戦争です。また、「日本海大海戦」のラストシーンでもあるように、日本人とロシア人の双方が双方を尊敬し、人間同士の戦いとしてお互いを認識することができた戦争でした。そういう意味では、勝者と敗者が判然としない、戦争そのものを客観的に表現できる素材のはず。それであっても、東郷平八郎という人物の勝利が、その後の日本において巨艦主義の海軍を育て、日露戦争の勝利によって、日本が満州利権という毒の沼に首まで漬かっていく過程を考えると、この戦争を客観的に描写するのはやっぱり難しい。

なんだか漫然とした書きぶりになっちゃいましたね。これも、戦争というものを語ることの難しさのせいかなぁ。戦争というものが、人間と人間の殺し合い、という人間ドラマの究極の形である以上、そこには映画的な素材がゴロゴロと転がっています。にも関わらず、戦争というものを描くことは非常に難しい。そこに政治的な表現上の制約が加わってしまうからです。戦争を描く際、描き手は、否応なく、その戦争に対する自分の政治的な立脚点を明示しなければならない羽目に陥ってしまう。戦争は描写され、後世に伝えられねばならない現実でありながら、その戦争について伝えることがこんなに難しくなっている。戦争というものに正面から向かい合うことができない現代日本の平和って何なのだろう、と、考えさせられた映画でした。