全日本合唱コンクール〜豊かな声の森〜

土曜日、大久保混声合唱団の練習から帰宅した女房が、昨秋の全日本合唱コンクールの金賞団体の演奏を収めたCDを聞かせてくれました。今日はその感想を。

コンクールの録音を聞く、というのは、実に面白いですね。何が面白いといえば、同じ楽曲を別の団体が演奏するのを「聴き比べる」面白さ。コンクールには課題曲と自由曲があり、課題曲として合唱連盟から与えられた曲の中から、各団体が演奏する曲を選ぶ。そうすると、複数の団体が、同じ曲を演奏する。その演奏が、同じ曲なのに、まるで違って聞こえるんです。その違いを認識することで、自分の耳も鍛えられるし、自分の音楽への好みのようなものもはっきり自覚できる。これが実に面白かったです。

同じCDの中で、複数の団体が演奏していたのが、「Ecco mormorar l'onde」というモンテヴェルディの曲と、「遠くはるかな子守りうた」という大橋美智子さんの曲。後者は、以前この日記でも取り上げたと思いますが、大久保混声合唱団が演奏した曲です。

Ecco mormorar l'onde」の演奏の多くが、ルネッサンスもの、ということで、和声を重視した非常に端正な楽曲として演奏されていたように思いました。でも、それが逆に、楽曲の面白み、ダイナミックさを殺いでしまったような感じ。おとなしくて、面白くない。一緒に聞いていた女房も、「モンテヴェルディはこんなにつまんなくないんだよねぇ」とぶつぶつ。そんな中で、グリーンウッド・ハーモニーの演奏は、全然違う曲に聞こえました。まさにルネッサンスの「人間賛歌」というような、人間味と躍動感溢れる演奏。それがすごく面白い。

以前、ガレリア座の友人たちが、「モンテヴェルディってのは綺麗な音楽なんかじゃなくって、不協和音も一杯でてくる、すごく人間くさい音楽なんだよね」という話を教えてくれたことがあったのですが、なるほどなぁ、と思いました。グリーンウッド・ハーモニーという合唱団は、こういうと失礼かもしれませんが、それほど声に恵まれた合唱団ではないような気がしましたが、女房いわく、「楽曲の解釈と、その解釈をきちんと表現できる構成力が素晴らしいんだよ。」自由曲のシェーンベルクの曲も、声の響き的には多少問題がないわけじゃないのに、決して破綻せず、むしろ最後までどんどん攻め込んでいく感じ。いい合唱団だなぁ、と思いました。

合唱、というと、声をどんどん出していく、というよりも、周りに声を合わせようとするあまりに、声を削っていく作業が優先されることが多いように思います。それが声の表現の幅を狭めてしまう。グリーンウッドの演奏を聴いていると、むしろ、どんどん声を出していくような、積極的な姿勢を保ちつつ、一つの明快な解釈の下で、きちんとハーモニーが保たれているような、そんな印象がありました。

大久保混声合唱団の「遠くはるかな子守りうた」については、以前この日記にも書いたと思います。今回、他の団体が同じ曲を演奏した録音を聞いて、大久保混声合唱団の表現力の幅と豊かさに驚嘆しました。こういうと、もう一つの団体には申し訳ないのですが、全然違う曲に聞こえる。

もう一つの団体が演奏した同じ曲は、確かに綺麗に、みずみずしくまとまっているのですが、なんだか綺麗なだけ、明るいだけなんです。確かに明るい響きを持つ楽曲なんですが、同じこの曲を大久保混声が演奏すると、なぜかものすごく悲しくなる。泣けてくる。胸がきゅんとするような、哀しさが出てくるんです。

以前の日記にも書きましたが、若くして亡くした息子さんを思いながら書かれた作曲者の、慟哭を越えた透徹した世界。そんな透き通った所まで表現してしまう表現力。他の団体の、ぺらんとした(失礼)演奏を聴いた後で、大久保混声合唱団の演奏を聴いて、その解釈の深さと、解釈を表現できる「声の引き出し」の豊かさに驚嘆しました。

しかしなんといっても、なにわコラリアーズという男声合唱団の演奏が圧巻でした。男声合唱団の演奏で、こんな響き、こんな声、こんな音を聞いたことがない。とにかくすごい。安定感がありながら小さくまとまらない。どんどん広がっていきながら決して拡散しない。濃密でありながらしつこくない。個性的でありながら完璧にまとまっている。しかも聞いたことのないような豊かで、深い声の色。海外の優れた合唱団でも、こんな素晴らしい響きをもった合唱団って、そんなにないんじゃないかしらん。この合唱団の演奏会に行ってみたいなぁ。東京で演奏会やってくれないかなぁ。

オペラとかをやっていると、前述したような、合唱団の「声を削っていく」傾向を揶揄して、「だから合唱歌いはダメなんだ」なんてことを言う人がいます。そういう人は、なにわコラリアーズや、大久保混声や、グリーンウッドの演奏を聴いてみるといい。そこにあるのは、決して削られて細くやせた声が絡み合っている音ではない。太く、のびのびと広がった太い木々が、美しい森となって豊かな生命を宿している姿です。世の中にはすごい合唱団がほんとに一杯あるんだなぁ。