星薬科大学 本館〜オケピットとホール〜

土曜日は乞食学生の練習、日曜日はヴェルレクの練習。風邪が治って、ポジションが元の悪い所に戻ってしまったのと、空回りする気負いで、乞食学生の練習はぼろぼろ。その分、日曜日のヴェルレクの練習で、とにかく鳴らさないこと、ポジションを上に保つこと、を心がけました。すると不思議と低音も響くようになるんだよねぇ。乞食学生の音域は無茶苦茶高いけど、無理に鳴らさずに、別にすっぽ抜けたっていいや、くらいの気持ちで、気楽にやらないとダメだ。

さて、今日は、その日曜日の練習でお邪魔した、星薬科大学の本館について、ちょっと書きたいと思います。

合唱団員に星薬科大学のOGの方がいらっしゃった関係で、OB・OG会のご好意で、今回、星薬科大学の本館で練習ができる運びとなったようです。練習は、本館の階段教室でやったのですが、夕方の休憩時間に、本館の中央に位置する講堂を見学させてもらうことができました。これが実に素晴らしい建物だった。以下、いささか藤森照信先生の「建築探偵」風に・・・

まず、建物全体のたたずまいが実にいい。インターネット上で検索すると、都内有数の近代建築らしい。創立者星一さんが学んだ、米国のコロンビア大学のロー・ホールを模して作られたそうです。大正13年建築、アントニン・レーモンド、という建築家が設計したものだそうですが、まず、正面の姿がいい。星一さんの胸像の背後に、きりっとした顔立ち。でも、上部がドーム状になっていて、そのドームの丸みのおかげで、決して権威主義的な感じがしない。会社経営においても家族主義的な優しさを失わなかった星一さんの人柄のように、真面目だけれど温かい感じが現れている。ちなみに、星一さんというのは、日本の近代製薬業の祖、と言われる実業家ですが、SF小説家の星新一さんのお父様、ということで最も有名ですね。

正面入り口は自動ドアになっているのですが、この自動ドアも、本館のたたずまいを損なわない、実に柔らかいデザインになっている。練習をした階段教室も、PCを接続してプレゼンテーションをスクリーンに映したりする装置が導入されていたり、トイレもとても近代的なきれいなものになっているのですが、それらの新しい設備が、決して建物の風格を損ねていない。大学の関係者が、この本館に対して持っている愛着、心遣いのようなものが、随所に感じられました。

正面入り口を入ると、いきなり緩やかなスロープが現れます。そのスロープは、そのまま正面にある講堂の扉へと続いています。スロープの左右から、後方へ戻る感じに、2階へ続く階段があり、それがまた中央にある大階段につながる。そして同じ構造で3階へ。正面入り口からの緩やかなスロープから天井を見上げると、階段の組み上げる幾何学模様が実に美しい。

圧倒的なのは、階段に沿って書かれた巨大な壁画です。薬科大学、ということで、奈良時代の「薬狩」「鹿茸狩」の様子を描いた壁画で、これもまた、階段の織り成す直線的な幾何学図形の中に、なんとも優美な雰囲気をかもし出している。

中でも、夕方の休憩時間に、ちらりと見学させてもらった講堂が、本当によかった。基本は円形。1階席が緩やかに舞台に向けて下っており、その上に二階席が張り出す構造。800人くらいは入るかなぁ。えんじ色の客席がきれい。ネット上で写真を見つけました。これは舞台の方から客席を見た図ですね。

舞台近くから上を見上げると、この写真のように見えます。この上部のドーム構造が素晴らしい。そのドームの裾にあたるところに、写真ではよくわかりませんが、美しい5角形のステンドガラスが八方に切ってあるのです。ステンドガラスには、薬科大学らしく、数々の薬草がデザインされています。舞台両脇の壁にも、アール・ヌーヴォー風の幾何学デザインが刻まれていて、ため息が出るほどきれい。

しかし、本当に驚愕したのは、その美しさではなかったんです。舞台を見ると、これが意外と狭い。奥行きは3間くらいしかないような感じに見えました(さすがにもうちょっとあるかなぁ)。袖も狭そう。小学校の体育館の舞台よりは多少広いかもしれないけど・・・くらいの感じ。決して使い勝手がいい感じはしない。

ところがこの舞台の下に、地下室のような空間があるんです。舞台の下前面に幾何学模様のデザインの入った格子がはまっており、その奥に空間がある。何かと思えば、なんと、オーケストラピットだという。舞台の前面の床は可動式になっていて、オケピットとして使う時には、その床と格子窓を外して、オケを露出させることができるのです。ご一緒に見学していた指揮者の宮松先生も、「オケピットの奥行きは十分あるし、いいなぁ」とのご感想。

確かに、舞台は狭いかもしれないけれど、バロックオペラなんかのアンサンブルオペラをやるには最高の環境かもしれません。天井が高いので、音響も勿論素晴らしい。聞けば、これを外部貸し出ししていないとのこと。な、なんてもったいないんだ!

先日、シアターテレビジョンでやった、モンテプルチャーノ音楽祭の「劇場的都合不都合」というドニゼッティの初期のオペラを見たんです。これが上演されている劇場が無茶苦茶狭い。間口はそれこそ4間くらいしかないんじゃないかな。新宿文化センターの大ホールの間口の半分くらいしかない。10人くらいのソリストが並んでカーテンコールをすると、もう一杯になっちゃう。でも、ちゃんとオケピットがある。しかも、ボックス席まである。多分400人くらいのホールでしょう。それでも、オケピットがきちんと切れるんです。やっぱり、ホールというのは、バレエやオペラを上演する場所、というのが常識としてあるんでしょうね。

日本のホールでは、バレエ、オペラ、ミュージカルなど、オケピットを必要とする公演があること自体が珍しいですから、オケピットを切れるホール、となると、相当の規模をもったホールに限られてしまいます。どうしても、1000人を超えるホールになる。例えば、400人くらいのホールで、きちんとアンサンブルを重視したこじんまりしたオペラをやりたい、と思っても、中々そういう場所がありません。先日、ガレリア座で、「劇場支配人」というオペレッタ公演を打った時にも、会場になる曳舟文化センターで、どうオケピットを作るか、というので相当苦労しました。結局、歌手の足元にファゴットがにょきにょき生えているような状況でやらざるを得なかったんですけどね。

恐らく、プロの歌手や、オーケストラの団員も含めて、400人くらいの規模のオケピット付きのホールというのは、相当需要があるんじゃないのかな、という気がします。結局は、採算が合わない、ということでうまく機能しないんでしょうけど、表現する側としては、星薬科大学の講堂は、本当に理想的な場所のように見えました。あの講堂で、オケ付きで、モーツァルトのオペラとかやりたいなぁ。聞きたいなぁ。