敬愛する演出家のこと

今日は寒いですね!でも、数年前も、桜が開花宣言してから雪が降った年があった気がしたなぁ。
大阪に長く住んでいた私にとって、東京の最初の印象は、「雪が積もるんだ」でした。丁度大学受験の時に、大雪が降ったのです。大阪では、1センチ積もるか積もらないか、で、「記録的大雪」でしたから・・・
違う都市に来たんだ、ということを実感した出来事でした。

さて、今日は、昨日書きそびれてしまった演出家のことについて、ちょっと書いてみたいと思います。といっても、演出家が作り上げる舞台の話ができるほど、舞台を見まくっているわけでもないし、色んな演出家の先生の下で演技をしたり、指導を受けた経験もありません。うちの演出家について書くのはただのノロケになりそうですし。なので、ここで書くことは、私が敬愛する一人の演出家のことです。

伊藤明子さん、という方です。黒テントに所属され、最近では新国立劇場の小劇場シリーズの、オルフ「賢い女」を演出されるなど、今注目の若手オペラ演出家です。ミュージカル「アニー」の演出補佐としてのお仕事が、一番有名かもしれないですね。「アニー」の制作過程のドキュメンタリーって、毎年TVでやりますけど、私にとってみれば、アニー役の女の子と犬の交流なんかどうでもよくって、敬愛する伊藤先生のお姿をTVで見られる!というのが楽しみで、毎年見ているようなもの。

伊藤先生とのお付き合い、といっても、大田区民オペラ合唱団の2公演でご一緒させていただいただけ。ほんとに浅いお付き合いなのですが、その2つの公演だけで、伊藤先生の演出術とお人柄に魅せられてしまいました。またご一緒できる機会があると嬉しいんだけどなぁ。

最初にお会いしたのは、「後宮よりの逃走」でした。いきなり度肝を抜かれたのは、80名近い合唱団の一人一人の名前を、全部覚えていらっしゃったことです。本番近くになると、愛称で、「xxちゃん!」と呼ぶくらいまで、個々の団員を把握されていました。数ヶ月くらいしかお付き合いのないアマチュア合唱団の舞台なのに・・・

さらに印象に残ったのは、先生が発する言葉のエネルギー、というか、説得力です。決して押し付けがましくなく、とてもソフトに語られるのに、なるほど、そういう動きをすれば、もっとここは楽しくなる、面白くなる!と思える、間違いなくいいものができるぞ、という確信が持てる言葉。
多分、ソリストの方々や、役者の方々へのダメだしと、我々アマチュアに対するダメだしとでは、手法を変えてらっしゃったのだと思うのですが、伊藤先生のご指導には、厳しさを感じたことがありませんでした。どこまでもやさしく、暖かく、そしてかっこいい。何より、その自信に満ちた語り口で、僕らは魔法にかけられたように、伊藤先生の仰る通りに動き、演じ、歌っていました。

後宮」の演出は、今から思えば、かなりオーソドックスなものだったな、という印象です。影絵を使った序曲は美しかったですが、それ以外の部分は、奇をてらうことのない非常にオーソドックスなものでした。

次にご一緒した、「コシ・ファン・トゥッテ」では、伊藤先生の遊び心が一杯に詰まった、アイデアに満ちた演出を見せてくださいました。舞台を1960年代に置くことで、作品の持つアナーキーさを際立たせる意図も、よくある現代風演出の奇抜さとは無縁な、とても自然なもの。なにより、序曲で、合唱団とソリスト達が絡みながら、一人一人が細かな小芝居を重ねていく演出は、群集劇でありながら、ただの群集ではなく、一人一人の団員がきちんとキャラクターを持ち、そのお芝居を一人一人が楽しめるように工夫された、計算されつくした演出でした。

伊藤先生の演出の中だと、合唱団員の一人一人まで、きちんとキャラクターを与えられ、それを楽しむことができる・・・そんな気がします。あの笑顔で、「xxちゃん、そこはもっと遊ばなきゃ!」なんて言われると、こうやってみたら、ああやってみたら、と自分からどんどん楽しんでいける。そのアイデアを先生も一緒に楽しんでくれる、そういうとても幸福な時間が持てる気がしました。

でも、伊藤先生の演出の素晴らしさは、やっぱり、その「音楽への理解、愛の深さ」だと思います。歌い手として、とても自然に歌える演出、ということは、音楽に対して無理な演出をしていないからだと思います。初めに音楽があって、そこから広がってくるイメージも、どこまでも音楽に寄り添っている。

先日新国立劇場で見た「愛の妙薬」で、いきなりネモリーノがゴッホになっても、舞台上に大量のひまわりが咲いても、見ている方は??が飛ぶだけでしたけど、伊藤先生の演出にはそういう違和感は全くありません。音楽に対して、自分の勝手なイメージを無理やり押し付けるのではなくって、むしろ、あくまで、音楽の魅力を引き出すためにどうすればいいか、という観点だけから作られている、そういう自然さを感じます。

これらの印象というのは、伊藤先生が、オペラを演出する演出家としての資質を、全て備えてらっしゃる、ということなんだろうな、と思います。音楽への理解、合唱団員一人一人にいたるまで把握する気遣い、そして何よりも、演技者を惹きつける説得力と指導力
こんなに持ち上げると、先生はきっと「だってそれがプロだもん」とこともなげにおっしゃるんでしょうけど。

これは付けたしですけど、女性としても本当に魅力的な方で、先生ほどかっこよく煙草を吸う女性に、あんまりお目にかかったことがないんだよね・・・

またご一緒したいし、先生が演出された舞台を、是非見てみたいなぁ。今後のご活躍を、本当に心からお祈りしております。