「のだめカンタービレ」〜古典と革新と〜

のだめカンタービレ」、クラシック好きの仲間の間で結構盛り上がっているのは知ってましたが、自分は全然読んでませんでした。先日、ガレリア座の事務局長が、全13巻を宅急便でどどんと送ってきて、「はまりなさい」と指令してきたので、指令通りにはまる。読み始めたら止まらず、1巻から13巻まで、一晩で一気に読んじゃいました。気がついたら午前2時。いい大人がやるこっちゃない。

でも、一気に読ませるだけの魅力のあるマンガですよね。ものすごく個性的で、かつ魅力的なキャラクターが、「音楽」を巡って必死に格闘している姿には、門外漢の私でも思わず感情移入してしまいます。エキセントリックなキャラクターを並べながら、それがただのギャク漫画に収まっていないのは、エキセントリックでありながら、個々のキャラクターがとてもリアルで、等身大だからじゃないかな、と思います。

キャラクターがエキセントリックなのにリアルなのは、クラシック演奏家、というキャラクター設定に負うところが大なんですけど、それだけじゃない。勿論、一般人という設定だったらリアリティがなくなっちゃうくらいにエキセントリックな人々でも、クラシック演奏家、というカテゴリーの中では、「そんなヤツもいるかもしれん」と思っちゃう、という要素はある。実際、相当エキセントリックなクラシック演奏家は現実にいますからね。でも、それだけじゃなく、描かれたクラシック演奏家が、決して生活感を失っていない、という要素が大きいように思います。クラシック演奏家だって、別に豪邸に住んでる良家の子女ばっかりじゃなくて、普通にラーメン屋でラーメン食べて(千秋がクラブサンドを食べているのはあくまでギャグである)、恋に悩んで、こたつにもぐってぬくぬくしながらミカンむいてる。考えてみりゃ当たり前なんだけど、そういう「普通の生活人」としてのクラシック演奏家って、一般の人にはあんまり馴染みがないからねぇ。

そういう普通の(ちょっとエキセントリックな人もいるが)人たちが、「生活する手段」としての音楽と、「表現する喜びを与えてくれるもの」としての音楽と格闘しながら生きている姿。そういう「普通の人たち」としてのクラシック音楽家と、芸術家としてのクラシック音楽家が同一人物の中に共存している。のだめも千秋も天才だし、ものすごくエキセントリックだけど、生活感を失うことがない。だからこそ、感情移入もできるし、二人の成長をわくわくしながら見つめていることができる。

このマンガを読んで、面白いなぁ、と思ったのは、「のだめカンタービレ」の中で、少女マンガの典型的・伝統的なパターンと、非常に新しい革新的な要素が混在している、という点です。典型的なパターン、というのは、おおまかに言って、以下のようなポイント。

・理想的な男性と、ダメな女性がカップルになる。「普通の女の子でも、素敵な男性と恋ができる」という、シンデレラストーリ。無数の少女マンガで繰り返されてきた黄金のパターン。
・優等生的でありながら実は内面にコンプレックスを持っている男性が、予想外の女性と出会うことによって、そのコンプレックスを克服して成長していく、という「ビルディング・ストーリ」。以前この日記で取り上げたことのある、川原由美子の「KNOCK!」や、成田美名子の諸作品などで一杯出てきたパターン。

非常に端的に言ってしまえば、「あげまん」ストーリですね。周囲がクビをかしげるような、素敵な男性とダメ女のカップルなんだけど、そのダメ女が男を成功に導いていく。そういう、少女マンガの中で何度も使われている伝統的なパターンに対し、非常に革新的だなぁ、と思うのは、主人公「のだめ」が、今までの少女マンガの「ダメ女」の中でも、突出して「ダメ」であり、かつ「天才」である、という両義性。

今までの少女マンガでは、「普通の女の子」が、素晴らしい男性に出会って、夢のような恋愛を成就させたら、そこで終りだったわけですが、「のだめ」においては、そこから、「ダメ女」が「天才」として自分の才能を開花させていく、という、ドラマの第二幕が開始する。よく言われる話で、「シンデレラと王子様は結婚して幸せに暮らしました」で話が終わらない。その後、シンデレラがどう成長していくのか、という点に、ドラマのクライマックスを持っていこうとしている、そのアプローチがものすごく新しい。

今までの少女マンガにおける、「あげまん」ストーリが、男性のコンプレックスの克服と、恋愛の成就がほぼシンクロしていたのに比べて、「のだめ」においては、千秋の成功がそのまま、のだめとの恋の成就につながっていかない。千秋だけが成功してもダメで、のだめの天才が開花しなければ、この恋愛は成立しない。そこには、貧しいシンデレラと、素敵な王子さま、という、ある意味貧富の格差、もっと厳しく言ってしまえば、従属関係のはっきりした男女関係に飽き足らず、対等の関係としての男女関係を追及していく現代の「幸福」観が反映しているようにも思えます。

またわけのわからんウンチクを並べてしまいましたが、こんなことを考えなくてもとっても笑える、楽しいマンガです。個人的には真澄ちゃんとか好きだったなぁ。ヨーロッパ行っちゃったら、真澄ちゃんがいなくてちょっとつまらん。のだめ占い、とかいうネット占いを女房が見つけてきて、試してみたら、私は千秋さまでした。女房も千秋さまでした。唯我独尊夫婦?