漆原直美 ヴァイオリン・リサイタル〜ジャンルの壁に挑戦し続ける意思〜

昔共演して以来遠くから応援し続けていたヴァイオリニスト、漆原直美さんが、ソロリサイタルを開く、というので、夫婦そろって聴きに行きました。色んな意味で本当に素敵な演奏会だったので、今日はその感想を。
 

 
新進演奏家育成プロジェクト リサイタル・シリーズ TOKYO 60
東京文化会館 小ホール
 
モーツァルト:ピアノとヴァイオリンのためのソナタ ト長調 K.301(293a)
J.S.バッハ無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番 ニ短調 BWV1004
ヴィエニャフスキ:華麗なるポロネーズ第1番 op.4 ニ長調
クライスラーシンコペーション
クライスラー前奏曲アレグロ 〜プニャーニの様式による〜
ガーシュイン / ハイフェッツ編:歌劇「ポーギーとベス」よりイット・エイント・ネセサリー・ソー
ポンセ / ハイフェッツ編:エストレリータ
サン=サーンス:序奏とロンドカプリチオーソ op.28 イ短調
 
ピアノ:藤原 亜美
 
というプログラムでした。
 
漆原直美さんに初めてお会いしたのは、2005年。ある演奏会のステマネをやった時にお知り合いになり、フレンドリーなお人柄と推進力のある演奏(加えて美人!)に一瞬でほれ込んでしまう。翌年の2006年、恐れ多くも、「大船渡でやるサロンコンサートの伴奏をお願いできませんか?」とお願いしたら、快く引き受けてくださいました。まだ芸大の院生でらっしゃったのですが、我々のレパートリーのウィーンオペレッタの「ノリ」を一瞬でつかむセンスのよさ、それでいて、歌い手を置いてけぼりにすることはなく、しっかり寄り添ってくれる誠実さで、僕らを心地よく支えてくれました。

本格的なヴァイオリンソロ曲じゃなくて、歌の伴奏、それもオペレッタ、という、ちょっと邪道な企画で、申し訳ないですね、なんて話をしたら、持前の体育会系のさっぱりした口調で、「そんなことないです!」と言い切ってらっしゃった。その時の会話がとても印象に残って、当時、この日記にも書きつけていました。10年前に書いたその個所を以下に引用してみます。

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ヴァイオリンで参加してくれた漆原さん、メゾのKちゃん、ピアノの児玉さん、みなさん、専門の音楽大学で勉強して、プロの演奏家を目指し、あるいはプロの演奏家として収入を得ている方々。でも、3人は、決して、「クラシック」というジャンルを意識せず、「音楽」という、より広い分野で活動している方々です。でも、「クラシック」という分野を非常に限定的に捉えて、そこから外の音楽に触れようとしない、聞こうとしない「音楽家」の方々も多いんだって。

アメリカ音楽の中でのヴァイオリンって、すごく活躍の場が広いんですよ。クラシックもそうだけど、映画音楽、ディズニーの音楽、カントリー音楽のフィドルまで。クラシック以外の分野でも、いいなぁ、と思うヴァイオリンの音がある。そういうものを拒絶して、『オレはクラシック以外は音楽と認めない』っていう人は、学校にもすごく沢山いるんです。でも、私はそういう音楽も拒絶したくないし、そういう音楽にも魅力があると思う。」漆原さんはそう言いながら、「でも、クラシックという分野の表現をきちんと突き詰めて、その分野の表現がきちんとできた上でないと、幅を広げても中途半端になってしまうと思うんですよ」とおっしゃっていました。「だから、きちんとクラシックの曲を弾けるようになりたいんです。」
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今回のリサイタル、休憩をはさんだ前半と後半で、全く別の二つの演奏会を楽しんだような印象でした。後半は、華やかなポロネーズ、まさにウィーン・オペレッタのようなクライスラー、歌心あふれるガーシュイン、ロマンティックなエストレリータ、パワフルで疾走感溢れるなサン・サーンスと、どれもこれもヴァイオリンが本当によく「歌う」感覚がありました。こういうカンタービレな曲を演奏会のメインに持ってきて、それをしっかり聞かせる技術がある、こんなにヴァイオリンを歌わせることができる演奏家ってのはそうそういないんじゃないか、と思います。

でも個人的には、前半にバッハを持ってきたところが、漆原さんの「ジャンルの壁」に挑戦する意思、のようなもの、それこそ10年前に僕らの前で熱く語ってくれたことに通じる気がしました。確かに私は、サン・サーンスとかクライスラーもがっつり弾けるかもしれないけど、でも、バッハやモーツァルトもしっかり弾ける、ジャンルレスなプレイヤーになりたいんだ、という意思。

この演奏会の構成に、「クライスラーガーシュインもバッハやモーツァルトも、等しく弾けるプレーヤーになりたい」という、音楽に対するフラットな姿勢が見える気がして、「音楽にジャンルはない」と言い切った漆原さんが、10年経ってもその想いをこうやって形にしているんだなぁ、と、なんだか胸が熱くなってしまいました。バッハの後半部分で涙が出てきて困ったのは、曲と真剣にぶつかり合う漆原さんの姿から、曲自体の持つメッセージや精神性がはっきり浮かび上がってきたからで、そういう高い精神性を感じさせる前半と、華麗でチャーミングな後半で、全く違うキャラクターを見せる多彩さが、この人の持ち味なんだろうな、と。

終演後、ロビーに出てきてくれた漆原さんは、10年前と変わらない爽やかな美しさで、舞台上に立った時の全身カンタービレな趣とは打って変わった普通のお嬢さん。(とはいえ、すでに一児のお母さんなんだけど、10年前から年取ってないよな、この人)また10年後にこの人のバッハを聴いてみたいなぁ、と思いました。漆原さん、素晴らしい時間をありがとうございました。ますますのご活躍を、ずっと応援し続けていきたいと思います。