ボヘミア・オペラ「利口な女狐の物語」〜この幸福感はなんだろう〜

3連休、雨にたたられて、予定していた娘の運動会が順延のあげく結局開催されず。今週木曜日に延期されてしまいました。職場で恐る恐るお願いして、年休をゲット。幼稚園最後の運動会だからねぇ。あとは天気の回復を祈るばかりです。

さて、今日はその3連休直前、なんとも豊かで幸せな気分にさせてくれた、ボヘミア・オペラ「利口な女狐の物語」のことを書こうと思います。

<キャスト>
女狐ビストロウシカ/ クラーラ・ベネドヴァー
森番/イェヴヘン・ショカロ
雄狐のズラトフシュビーテク/ヤナ・テトウロヴァー
森番の女房/ヘレナ・ヤネチコヴァー
犬のラパーク/ヤナ・ピオレツカー
校長・蚊/ズビニェク・ブラベッツ
神父・あなぐま/トマーシュ・インドラ
ハラシタ/イージー・ハーイェク

<指揮>ヤン・ズバヴィテル
管弦楽チェコ国立プルゼーニュ歌劇場管弦楽団
<合唱>チェコ国立プルゼーニュ歌劇場合唱団
<バレエ>チェコ国立プルゼーニュ歌劇場バレエ

という布陣でした。

友人のS弁護士夫妻が、「このオペラは本当に面白くていいオペラだから、是非一緒に行こうよ」と誘ってくれて、チケットを入手したのです。私はクラシック音楽に疎いですから、ヤナーチェクのオペラなんて全然知らない。一応、ストーリをネット上で予習してみる。利口な女狐が、飼われていた森番の家から逃げ出して、森で結婚して、子どもを作る、という話だと書いてある。・・・えっと、面白いの?その間に、女に振られた男達の愚痴が挿入されている。・・・えっと、面白いの?ラストでは、生命の讃歌につながる感動が待っている!・・・ほ、ほんとに?

頭の中に???マークが飛びまくる不安な状態で、幕開きを待つ。会場は東京国際フォーラムCホール。昔、ガレリア座が「魔弾の射手」を上演した懐かしい場所です。とっても素敵なホールなんだけど、いかんせん、入り口に入ってから客席までの動線が、細いエスカレータだけってのはストレスだよなぁ。オケピットは少し浅くて、大柄な演奏者の頭が見えている。指揮者が入場して、棒を振り下ろし、幕が開きます。

・・・そこから展開された世界を、なんて言ったらいいのか、よく分かりません。圧倒される、というような感じでは決してありません。人生について深く考え込まされた、というような、思索的なものでもありません。すっきりと分かりやすい物語に引き込まれた、ということもない。物語は前述の通り、シンプルではあるけれど、理解しやすい物語ではない。暗喩に充ちた、意味深い物語です。だから、私にはなんだかうまく言えない。終演後、観客のほとんど全てが、とてもとても温かい気持ちと幸福な気持ちで、舞台上に送ったあの惜しみない拍手の温もりはなんだったのか。舞台上の、狐達、ハエや青トンボ、カメムシやらフンコロガシ、そんな動物達と同じ場所に同じように立っている人間たちや、オケの人たちに向かって、「もうお別れなの?もうさよならなの?」とでも言うように、「もっともっとみんなと会いたいよ」とでも言いたげに、いつまでも続いたカーテンコールが何なのか。

オケはヘタだと思います。私みたいな素人が聞いても、日本のプロオケのヘタな人たちよりちょっと上手、くらいだと思います。アラなんか一杯ある。歌だってスペシャルに上手だとは言えません。短いソロのあるソリストが多いのに、粒がそろってなくて、声量のないソリストだって沢山いる。主役の女狐だって、中低音域で声が飛ばない。でもね、そんなこと、本当にどうだっていいんです。だって、この人たち、間違いなく、このヤナーチェクの「利口な女狐の物語」というオペラが好きなんだ、って分かる。自分のふるさとの音楽なんだ。自分の話している言葉で作られたオペラなんだ。郷土の音楽、自分の身についた音楽を、無理なく、等身大に演じているその自然さ。

歌い手さんたちは一流の歌手とはいえないかもしれないけれど、恐らくミュージカルもオペレッタも器用にこなせる芸達者の人たち。舞台装置は簡素で、お金のかかってない感じだけど、華やかな原色で彩られた明るい色彩感覚は、とても趣味がいい。虫たちや、メンドリのユーモラスな動きに思わず噴き出しそうになる。絶え間なく色彩豊かに流れる音楽の温かい響きに、どこかほろ苦い酒場の場面さえ、なんだか微笑ましく見えてしまう。

動物や人間や虫たちが、大きな自然の輪廻と、それを絶え間なく語り続けているオケの音楽の中で、全く同じ空間を共有している。その一体感が生み出す幸福感は、崇高さとか、高尚さ、といった天の高みにあるものじゃなく、自然と、それを構成する命の一つ一つに充満している「神性」ということを実感させてくれる。3幕の森番のアリアに胸震え、ラストシーンで、森の生き物たちに囲まれた年老いた森番が、本当に満足そうな微笑を見せる時、高まる音楽とともに、いつのまにか涙が溢れてくる。それは本当にさわやかで、本当に温かい涙なんです。

柔らかい、温かい、つややかな毛皮に包まれて、すやすや眠っている子狐を、そっと手のひらの上に乗せられたような。会場にいたお客様全員に、会場の外であった見知らぬ人にまで、笑顔を向けてあげたくなるような。そんな温かな幸福な気持ちで、会場を後にしました。もし日本でまた演奏される機会があったら、今度は娘を連れて行ってあげたい、本当にそう思える、豊穣なオペラでした。

この劇場、今回の公演で、地方巡業含め全部で25公演をこなしたそうだけど、ほんとにお金がないのかも。神奈川でやった翌日に埼玉でやってその翌日に千葉でやる、なんていうスケジュールだったもんね。この国際フォーラムの舞台が最終日だったようですけど、ゆっくり休んで、気をつけて帰ってくださいね。そして、チェコの子ども達にも、この同じ舞台で楽しませてあげてください。本当に素敵な時間を、どうもありがとうございました。