雑巾の絞り方

最近、娘が習ってきた「雑巾の絞り方」というのを聞いて、自分が今までやっていた雑巾の絞り方と違っていて驚く。自分が今までやってきたのは、「横絞り」というやり方。両手を横に並べて雑巾をつかみ、絞る。このやり方だと、力が上手く入らないし、水が広い範囲に落ちてくるから、床が汚れちゃうんですって。正しいやり方は「縦絞り」というやり方で、両手を縦に並べて雑巾をつかみ、自分の手前から雑巾を遠ざけるようにして絞る。そうすると、水は下のこぶしの下から縦に落ちてくるから、飛び散らない。なるほどなぁ。40年間間違ってたよ。

子供に、いろんなお行儀やお作法を教える中で、自分にとって常識だ、と思っていたことが間違っていたり、「へぇ〜そうだったんだ」と思うことが時々あります。靴の脱ぎ方、なんてのを聞くと、「靴なんかどうやって脱いだっていいじゃん」なんて、若い人とかは言いそうだし、自分の若い頃もそう言ってたかもしれない。でも、「正しい脱ぎ方」というのを聞くと、それがとても「美しい所作」であることに気付く。

昔の人の知恵というのは素晴らしい、とよく言われますけど、「正しいお作法」というのは、確かに合理的で無駄がない。そうすると、その所作というのは、美しい所作になる。見た目にも綺麗なんですよね。雑巾の絞り方だって、縦絞りの方が、体の動きに無理がなくて美しく見える。横絞りだと妙にねじれた動きなんだけど、縦絞りだと胸がすうっと開くような、体に無理のない動きになっている感じがする。

「正しいお作法」=「合理的なお作法」=「美しいお作法」なんだなぁ、と思います。娘にお掃除の仕方を教えながら、「ゴミは隅っこにたまるから、隅っこからきれいにしていくんだよ」なんて教えます。そうやって教えていると、ただ床を丸くごちゃごちゃと掃除する動きよりも、隅から掃除していく動きの方が無駄がなくて美しいことに気付く。

少し前に、NHKがやっていたミニ番組で、確か、「大人の試験」という名前の番組があって、その一つに、プロの清掃技術の試験、というので優秀賞を取った方、というのが出てきました。床掃除をされているんですけど、その動きが滑らかで無駄がない。その無駄のない動きが実に美しい。合理性というのは美しさに通じる、というのは本当なんだなぁ、と思うし、合理的であり、かつ美しいものだけが、長い歳月に耐えるんですね。正しいお作法、というのをきちんと身に付けることって、美しい所作を身に付けることにつながるんだなぁ。

今ちょっと困っているのは、お箸の持ち方。私の持ち方はちょっとだけ正しい持ち方とずれてるんだよねぇ。鉛筆の持ち方もちょっと歪んでるしなぁ。子供に教えるには、自分がまず正しい所作を身に着けないとね。