合唱指導という仕事には色んなやり方があるんだなぁ、というのは、この日記でよく書いていることです。ただ、私が今までご指導いただいた先生や、指導の様子を拝見した先生方の中には、あまり、「怖い」先生はいませんでした。私よりよっぽど多くの合唱指導者の指導を受けている女房に聞くと、最も「怖い」先生といえば、なんと言っても高田三郎先生だそうです。突然、ピアニストに向かって、「お前のピアニッシモには人生がない!」と怒鳴りつける。合唱団に向かって、「この歌詞に歌われていることがきみ達にできるか!?」と怒鳴り、団員が途方に暮れていると、「できないだろう。俺にだって出来ない。だから、できない、と思いながら歌え!」と言われる。「なんだかいいことおっしゃっていると思うんだが、なんだか理不尽に聞こえるんだよなぁ」とは女房の感想。
辻正行先生の文章などを拝見しても、高田先生の、そういう「怖い」エピソードには事欠きません。正行先生の指導されていた合唱団に、高田先生が指導に行かれた。正行先生は都合がつかず、その練習は欠席。「くれぐれも、あまり厳しくされないように、お願いしますね」と正行先生が念を押し、高田先生が、「お前がそんなに言うから、とても優しくやってきたぞ」と報告。その後、その合唱団に正行先生が行くと、合唱団員全員が涙目で、「どうして私たちはあんなに怒鳴られなければならなかったんでしょう?」と、練習時間の恐怖を語ったそうな。
他にも、練習中に自分の前の楽譜をぶん投げたり、指揮棒を団員に投げつけたり、といった「実力行使」に及ぶ怖い先生もいるそうです。合唱指導に限らず、音楽の指導というのは、自分の頭の中にある音を他の人に出してもらうために、どうするか、というノウハウ。優しく導くのが似合う指導者もいる。怒鳴り散らすのが似合う指導者もいる。どっちにせよ、一流といわれる人に共通しているのは、自分のビジョンを具現化していくために、「練習時間」という与えられた時間を十二分に活用する術を知っている、ということ。
土曜日、大田区民オペラ合唱団の「カヴァレリア」の練習に参加。本番指揮者の小松一彦先生のご指導を受ける。小松先生というのは、「優しい」先生か、「怖い」先生か、どっちですか、といわれれば、確実に、「怖い」先生だと思います。厳しいセリフがポンポン飛んでくる。「前回、課題として申し上げたことが全くできてないね。」「さっき言ったばっかりでしょ?一度治したことがまた戻っちゃうんじゃあ、練習の意味なんかありません。」何度指摘されてもできない部分があって、何度も何度も繰り返しているうちに、合唱団員も泣きそうになる局面もある。非常に厳しい指導。だけど、練習としてはすごく充実しているんです。
この充実感ってのは何かなぁ、と考えると、小松先生が、すごく厳しく指導されながら、決して感情的にならず、ものすごく根気よく、課題をクリアさせようとされている、その真摯さが伝わってくるからでしょうか。「なんで出来ないんだぁ!」と楽譜を投げたり団員怒鳴りつけたりするのはカンタンですけど、「出来ないなぁ。」と、何度も何度も同じところを繰り返し続けるには、感情をコントロールする根気と、「こうなければならない」という理想を突き詰める真摯さがなければダメです。そういう真摯さ。そして、指導される言葉の端々に、すごく面白い音楽へのヒントがちりばめられている。
「イタリア音楽はとにかくカンタービレでなければ。カンタービレである、ということは、長音において音楽が止まらない、ということです。」「アカペラのハーモニーで大事なのは拍感。これがずれるとしまりのない音楽になる。」「カトリックの歓喜を歌ってください。だから大事な言葉は『Gloria』です。その歓喜が明るければ明るいほど、このドラマの悲劇性が高まる。」簡単な言葉だし、言われれば、なるほど、と思うようなことばかりなのだけど、音楽を作っていく過程で、ここぞ、という時に、これらのキーワードを発するタイミングのよさ。精神的にはものすごく緊張して、へとへとになった練習でしたが、終了した後の充実感は素晴らしく、練習の最後には自然と、団員から先生への拍手が沸き起こりました。そういう「演出」も素晴らしい先生です。
休憩時間中、「愛知の『ひたすらないのち』演奏会の成功、おめでとうございます」と声をかけました。練習のときの厳しさとは打って変わって、気さくにこんなことをおっしゃっていました。
「僕はねぇ、本来合唱指揮者じゃないんだけど、普通の合唱指揮者よりもよっぽど細かくてうるさいから、団員さんたちは大変だったと思うけど、おかげさまでいい演奏会になりました。」
「600人の合唱団だったんだけどね、象みたいに動きの鈍い合唱団は絶対にイヤだ、とお願いしたんだよ。60人の合唱団と同じくらい、機敏に動ける合唱団として演奏してくださいって。」
オーケストラ伴の「水のいのち」というのは、どんな合唱団でも是非一度は歌ってみたい、と思うと思います、と感想を申し上げたら、「じゃあ、東京でも企画してみるか」とのこと。小松先生のカンタービレな「水のいのち」、是非聞きたいし、歌いたいなぁ、と心底思います。