役者ぞろい

TCF合唱団による、辻正行先生追悼演奏会、「ほほえみをありがとう」コンサートの感想の第二弾です。今日は、全体の感想を。

昨日は、第一部の指揮者の競演について書きましたが、それ以外の点でも、非常にバラエティに富んだ、面白いプログラムでした。初演委嘱曲あり、正統派宗教曲あり、オケ伴あり、三味線あり。600人を超える大人数の合唱、女声合唱、50人程度の混声合唱、そしてソロ。企画された皆さんのアイデアも素晴らしいし、それだけの役者がそろった、というのも、正行先生のご人徳なんでしょうね。それでいて、正行先生の思い出という共通の基盤があるから、これだけバラエティがあるのに、しっちゃかめっちゃかにならず、統一感がある。しかも、それぞれのステージでの歌い手の思い入れが伝わってきて、どの演奏も実に感動的で、完成度が高い。多少身内の身びいき、というのもあるかもしれませんが、それを抜きにして、本当に、満足度の高い演奏会だったと思います。

各ステージの感想をそれぞれに・・・
 

高田三郎混声合唱曲「わたしの願い」より「いま わたしがほしいのは」
 指揮:松田 晃 ピアノ:雫石 環

このステージの感想は昨日書きました。ちょっと辛口に書きましたが、やはり、正行先生の追悼、というテーマの中で、あたまでいきなり、「いま わたしがほしいのは」と歌いだされただけで、ぐっとくるものがありましたね。
 

新実徳英/女声合唱とピアノのための2章<無声慟哭>【全曲版初演】
 指揮:新実徳英 ピアノ:辻 志朗

はからずも、新美先生が正行先生への追悼の曲として作曲されることになった委嘱作品。美しいところはとても美しく、情熱的なところはとても情熱的な、実にロマンティックな曲でした。なんといっても、もとのテキスト(宮澤賢治の無声慟哭)が素晴らしい詩ですから、その詩を歌われるだけで、目頭が熱くなる。新美先生の指揮もダイナミックで、途中で指揮棒をふっ飛ばしての熱演でした。
でも、いかんせん合唱団が大きすぎましたね。正行先生の思い出に、ということで、沢山の方が参加されたのでしょうが、曲の消化の仕方に統一が取れていない感じがしました。結果、かなりぼやけた感じになってしまった。この曲は、もっと少人数の女声合唱団がじっくり時間をかけて取り組むと、とても素晴らしい曲なんじゃないかな、と思いました。
 

・松下 耕/混声合唱曲「おわりのない海」
 指揮:辻 志朗 ピアノ:服部真由子

松下先生には大変申し訳ないのですが、このステージの印象が一番薄いんです。なんでかなぁ。曲はとてもきれいな曲だなぁ、と思ったんですが。ちょっと、周りの大先生方のアクが強すぎたんですかね。別の機会に、じっくり聴いてみたい曲です。
 

高田三郎混声合唱組曲「橋上の人」より「ニ」、「三」
 指揮:栗山文昭 ピアノ:川井敬子

この感想は昨日書きました。栗山先生は求道者ですね。ありがたい神父さまの講演を聞いているような気分で、背筋を伸ばして聞きました。

 
高田三郎混声合唱組曲水のいのち」より「海よ」
 指揮:関屋 晋 ピアノ:川井敬子

この感想も昨日書きました。関屋先生は大道芸人のようでした。浪花節か講談を聞いているような気分で聞きました。
 

フォーレ/レクイエム
 指揮:辻 秀幸 東京バッハ・カンタータアンサンブル
 佐竹由美(S)、大門康彦(Br) TCF合唱団

これも正直、合唱団が大人数すぎましたね。最初のEt Lux Perpetuaあたりなんか、元気がよすぎる。しかも、あんまり思いが伝わってこない。ただ楽譜通りに大きな声を出しました、という感じの歌に聞こえちゃった。こんなに元気のいいフォーレクは初めて聞きました。なので、「ああ、これはお祭りなんだな」と思って、失礼ながら、最初のうちは、演奏は二の次で聞いていました。
ところが、二曲目あたりから、じわり、といい音になってきた。大門先生の、Hostiasのバリトンソロあたりから、オケと声のアンサンブルの感じがとてもよくなってきて、フォーレクの本来ある透明感が増してきた気がしました。オケの力が大きい気もしますけど、合唱団のみなさんも、曲に乗ってきたんでしょうか。
圧巻だったのは、佐竹先生のPie Jesuです。以前、カルミナ・ブラーナのソプラノソロで完全にノックアウトされて、今回の演奏会でも、一番のお目当てだったんですが、期待を裏切らない素晴らしい歌声。前にお聞きした時には、コロラトゥーラの超高音域でも、まろやかさとソフトさを失わない声の艶やかさに驚愕しました。今回は、中低音域での豊かな響き、まろやかでありながら、とてもクリアな響きに圧倒されました。ほんとにすごい。
でも、フォーレクはやっぱり、もうちょっと小さい合唱団で聞きたいなぁ。

 
・アンコール「ほほえみ」
 指揮:鈴木 憲夫 ピアノ:辻 志朗

秀幸先生のユーモアたっぷりの、でも、お父様への思いのつまったMCの後、作曲者の鈴木憲夫先生ご自身が、この曲のタクトを振られました。これは本当に感動的でした。アンコールピース、ということで、わりと軽やかな小品、という感じで聞くことの多い曲。でも、鈴木先生は、最後の「ほほえみを」のフレーズを、一つ一つの音にきっちりアクセントをつけて、正行先生への思いを一つ一つの音に込めるように、ダイナミックに演奏されました。会場も、舞台も、一体となって、正行先生の笑顔に思いをはせた、素晴らしい演奏だったと思います。
 

・アンコール「山中節」
 道場 六三郎

演奏会の最後は、正行先生の幼馴染、という、道場さんの朴訥な山中節。これが今回の演奏会の中で、一番感動的でした。土の力、血の力、郷土の力っていうのは、本当にすごいです。「ほほえみ」でみんなに見送られた正行先生が、故郷の土に還られた、そのことを実感するような。あの笑顔一杯に、子供に還って、山中の山で、川で、のびのび遊んでいる正行先生の姿を見るような。そんな余韻に満たされた、感動的な、幸福な、静かで、懐かしい、優しい時間でした。

 
最後に、正行先生のご夫人のみよねさんが、深深とお辞儀をされた姿に、また涙しました。この大きな演奏会を企画された方々、当日のスタッフの皆さん、オケの皆さん、ピアニストの皆さん、指揮者の先生方、団員の皆さん、そして何より、この一期一会の機会をくれた正行先生に、心から、ありがとう、を言いながら、会場を後にしました。