クレド交響楽団 第2回演奏会~伝えるって本能なんだな~

はてなさんから、「ブログの更新が一か月滞ってますが、そろそろ更新しません?」なんて連絡が来ちゃいました。なにかしらインプットがあって、それに対して語りたくなった時に、このブログに文章書いているんですけど、ネタが溢れるほどあるオタク系のヨタ話は別のアカウントで語りまくっていて、このブログに書くネタが涸れてしまってるのが現状なんですよね。いきなり言い訳並べちゃってすみません。

で、今日は久しぶりに語りたいネタが出てきたので。昨日、第一生命ホールで開催された、クレド交響楽団の第二回演奏会の感想文。娘がチェロで参加したということで行ったのですけど、身内の演奏会というのを抜きにして、世代を超えて何かを継承したい、伝えたい、という人間の本能のような、芸術の本質的なものに触れたような、そんな感動的な演奏会でした。

もともと、慶應義塾高校のオーケストラ部のOBたちが、非常にカリスマ性のあった学生指揮者さんを中心に作り上げた大学生中心のオーケストラ。団員の中にはまだ高校生もいる、という非常に若々しいオケなのだけど、日本の学生オーケストラのトップ集団にいる慶應ワグネル・ソサィエティ・オケで頑張っているメンバーが主体、ということもあり、表現に対する十分な技術も備えています。そして何より感心したのが、第一生命ホールという立派なホールがほぼ満席だったこと。会場手配、練習調整、そしてチラシや公演ビデオの製作など、演奏本体だけでは収まらない演奏会というイベントをきちんと作り上げるプロデュース力が素晴らしい。高校時代の成功した演奏会の記憶が忘れられなくて、というパッションだけでは、これだけの演奏会を2回も開催するのは難しいと思います。それだけ、グループとしての実務能力というか、制作集団としても優秀なんだなぁ、と思いました。

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第一生命ホール、本当に綺麗でいいホールだよねぇ。

前プロとして演奏された、ドン・ジョヴァンニの序曲、真夏の夜の夢の序曲は、若々しいエネルギーに満ちた疾走感で、非常に好感の持てる演奏。生硬な音や未熟な技術が曲の精度を損ねている部分はもちろんあるんだけど、ただ若さに任せて力任せに乗り越えていくのではなくて、しっかり知的に課題を具体化してクリアしていったプロセスの成果として、この演奏がある、というような、整理された感覚があってそれがよかったです。部分部分がそれぞれの力に任せて全体が破綻してしまうことがなく、しっかり足並みを揃えながら全力疾走しているような感じ。

そして今回の演奏会の白眉は、なんといってもメインのブラームスのヴァイオリン協奏曲でした。指揮者の方のヴァイオリンの師匠、ということで、元パリ国立高等音楽院の教授で、現在昭和音大で指導をされているジェラール・プーレさんがソリストを務められたのですけど、このプーレさんと若いオケとの丁々発止が素晴らしかったんです。

プーレさんは御年81歳ということで、正直言えば、ソリストとしては、もっと指も動き、音量もある演奏者はいると思います。でもプーレさんの演奏は、一つ一つのフレーズがものすごく「歌う」。ブラームスの持つウィーン流の「歌心」に満ち溢れている。そして完ぺきな音程。決めるべき音が確実に決まっていく安定感。81歳の演奏とは思えない、瑞々しくて若々しい、実に艶っぽい演奏。

そのプーレさんに対する10代20代のオケの団員は、もうほとんどお孫さんの世代。そして、教育者ということもありますから、ソロを演奏しながらも、頻繁に指導者としての顔が出てくるんですよね。オケの演奏に合わせて少し体を揺らしながら、時折キーになる音節でその楽器の方にふっと視線を投げたり、小さなジェスチャーを見せてみたり、時折「いいねぇ」という感じでにこにこと頷いてみたり。ソロのカデンツァの間も、「ほら、このカデンツァはこう弾くんだよ」というのを全身で団員や指揮者に伝えながら、時々うなり声まで上げながらの情熱的な演奏。

 娘に後で聞くと、プーレさん自身の演奏が練習のたびに変化してきて、その変化についていこうとオケも必死だったそうです。おそらくプーレさんご自身、「このオケはここまでできるんだな」「じゃあこうしてもついてこれるかな」「ここまでやってもいけるかな」みたいなキャッチボールを楽しんでらっしゃたんじゃないかな、と思います。時折、指揮者と、ほとんどおでこを突き合わせるぐらいに密なコンタクトを取りながら、フレーズの息遣い、歌の流れにオケ全体をぐいぐい巻き込んでいく求心力。

自分の知識や技術を若い世代に継承していく、伝えていく情熱、パッション。そして、それに必死に食らいついていきながら、一期一会の濃厚な一瞬一瞬に、確実にプーレさんの息遣いを吸収して音が豊かになっていくオケの成長。見る見るうちに豊かに伸びやかに広がっていくオケの音の深み。なんだか、稀代の剣の名人が自分の秘伝を若い剣士に伝えている一世一代の真剣勝負に立ち会っているような気分で、何度となく鳥肌が立ちました。

でも、ここでプーレさんが一生懸命伝えようとしているのは、自分自身の自己主張じゃないんだよね。そこが音楽の凄いところで、伝えようとしているのは、ブラームスの作品の魅力と理解と、それを表現するための技術なんだ。そこに、エゴがない。自分はブラームスという芸術作品を後世に運ぶ器に過ぎない。そういう謙虚さ、ストイックさのようなものも、プーレさんの演奏にはあったような気がします。

芸術という永遠の価値を後世に伝えていかないとならない、という、音楽家の使命感のようなもの。DNAに刻まれた、時間を超えて後世に自分を伝えていこうとする、人間と言う生き物の持つ本能にもつながるような、何かしら非常に本質的な瞬間に立ちあえた、そんな稀有な経験でした。プーレさん、クレド交響楽団の皆さん、素晴らしい時間をありがとうございました。プーレさんから受け取った宝物、大切にしてくださいね。