「空飛ぶ馬」〜やっぱ北村薫はいいなぁ〜

「秋の花」ですっかりヤラれてしまい、「スキップ」をじっくり味わった北村薫作品、相変わらず追いかけており、デビュー作「空飛ぶ馬」を先日読了。いいっすねぇ、人が死なないミステリー。

人が死なないからと言って、そこに描かれている謎とその答が軽いものであるわけではない。むしろ、日常の中でふと感じた違和感や小さな疑問が、人間の心に潜む深い暗い闇に続く扉だったりする。そういう扉を開くことの痛みや苦味を越えて、主人公の「私」が次第に成長していくビルディング・ストーリとして、各短編が有機的に連なっていく構成の見事さ。文庫本の巻頭言で、宮部みゆきさんが、文学としての完成度の高さと、推理小説という謎解きの楽しみが見事にバランスしていることを賞賛してらっしゃったけど、全く同感。

何より、一つ一つの文章が爽やか。女子大生の文章としてはどこか古風な趣もあり、実際、「私」は、自分の専門の古典文学の世界からするっと抜け出てきたような、現代っ子ぽくない雅さを自然に身に着けている。そういう「私」の高雅で凛としたたたずまいを、計算していない自然な身のこなしとして表現してしまう北村薫さんの緻密な計算が、ちょっと「嫌らしい」と思えるくらいに上手い。

どの短編も本当に味わい深くて、優劣つけがたいのだけど、個人的には、「胡桃の中の鳥」が結構好きだったりする。「私」とその友人たちの群像がクリアに描かれている所と、子供の描き方が好きなんでしょうかね。ネット上の評論を見ると、あんまり得点が高くなくて、むしろ「赤頭巾」や「砂糖合戦」とかのポイントが高い。確かに「赤頭巾」や「砂糖合戦」は、ミステリーとしての完成度が高いなぁ、と思うのだけど、こういう話なら宮部みゆきさんも書いてそうな気がするんだよね。

平安時代の夢見る少女、言ってみれば、更級日記菅原孝標女がそのまま現代に降り立ったようなヒロイン、「私」。そのヒロイン自身が魅力的で、ホームズ役の円紫さんのキャラクターも涼やかだから、ミステリーとしては若干弱い「織部の霊」とかも結構楽しめてしまう。「織部の霊」に出てくる加茂教授とかも好きです。表題作の「空飛ぶ馬」も、ミステリーとしてはちょっと軽すぎる気もするんだけど、登場人物の優しさに癒される感覚が実にいい。

「私」と円紫さんシリーズ、既に「夜の蝉」は購入済みなので、引き続き読んでいきたいと思います。それにしても、表紙イラストが大好きな高野文子さん、というのも嬉しいし、その時々の「私」の肖像を描こうという高野文子さんのアイデアも素晴らしい。「秋の花」も図書館で借りたんだけど、自宅の本棚に置いておきたい気がしてきたなぁ。購入しちゃおうかなぁ。