「スキップ」〜理想的教師像〜

以前、この日記で、小川洋子さんの「博士の愛した数式」の感想文を書いた時に、80分しか記憶を維持できない主人公の「博士」の姿を、一つの理想的な教師像として受け止めた、という文章を書いたことがありました。毎年毎年、同じ年齢の教え子たちが自分の前を通り過ぎていく中で、一人年老いていく教師・・・そういう意味では、教師、という職業は、「時間」という概念と非常に親しい職業なのかもしれないなぁ・・・という思いを新たにしたのが、出張中に読了した、北村薫さんの「スキップ」。

北村薫さんの本、図書館で偶然見つけた「秋の花」があまりにも爽やかだったので、ちょっと追いかけてみようと思い、書店で購入したのが、この「スキップ」。期待どおりの爽快な読後感。以下、ネタバレ記述を含みますので、未読の方はご注意ください。

美しく凛々しく魅力的な女性を描くのがうまい・・・という北村薫さんの筆力は、この作品でも見事に発揮されています。主人公の「真理子」さんは、身体的には42歳だけど心は17歳、という女性教師で、しばしば鏡を見て自分の加齢にがっくりする、という記述が出てくる。出てくるのだけど、そもそも、心が17歳になってしまう前の真理子さん自身、語られるエピソードの中で、十二分に素敵に描かれている。それがラスト近くのオチにつながっているのだけど、17歳の女子高生の心を宿した美人女性教師・・・という設定自体、北村薫さんの真骨頂、という感じがする。

でもこの小説では、女性に限らず、真理子さんの周りの登場人物たちに、一人として不愉快な感じの人がいないんだな。真理子さんの娘である美也子さんも、美少女であり、かつ、すっくとしていて凛々しい。真理子さんの旦那さんである桜木さんも、中年男なのに清潔感のあるキャラクターに描かれていて、真理子さんの教え子たち一人一人も、本当に一生懸命自分の時間を生きている。そういう意味でも、この物語は一つのファンタジーといえるかな、という気もする。現実はそんなに美しくはないからねぇ。でも逆に言えば、物語だからこそ、理想の人々を描きたい、という思い・・・というか、こういう人々が本当にいてくれたら・・・そしてこれだけ懸命に生きてくれたら・・・という、作者の「祈り」のようなものも感じ取れる。その「祈り」がピュアであればあるほど、物語は透明度を増してくるような、そんな感覚。

そういえば、伊坂幸太郎さんの本の中で、「いい絵というのはそれ自体が『祈り』なんだよ」というセリフがあった気がする。でもそれってきっと絵に限らなくて、優れた芸術作品全てに言えることなんだろうね。北村薫さんの「秋の花」も、この「スキップ」も、そういう「祈り」のような、作者のピュアな気持ちが伝わってくるようで、そこが実に心地よい。

でも個人的に面白かったのは、女子高生の心を持つ真理子という教師が、教え子たちの心にぴったり寄り添うことができる、一つの理想の教師像として描かれていること。高校二年生の真理子さんから見れば、高校三年生の教え子たちはむしろ1年先輩なのだけど、その初々しい視点から、今を精一杯生きて欲しい、というメッセージが発せられるとき、それが同世代の子供たちの心にまっすぐ素直に届く。こういう教師に教わっている子供たちが、実に幸せそうに見えるんだなぁ。

そういう観点でイジワルに見れば、「真理子」というキャラクターがあまりにも理想的すぎて、少し現実感がなさすぎる気もしないでもない。勿論、こういう風に生きて欲しい、という「ファンタジー」であり、「祈り」なのだから、現実感から遊離するのは当たり前のことなんですけどね。逆に言えば、そういう難しい設定の中で、高校教師の仕事ぶりを丁寧に描き(北村さん自身が高校教師だった、というから、その描写は実に綿密です)、「真理子」の揺れる心を非常にリアルに描いている部分は、職人芸的なうまさを感じます。教え子たちの一つ一つのエピソードも、小さなジグソーパズルがいくつか集まって大きな絵を形作るような、完成度の高い緻密さがあって破綻がない。

北村薫さんの他の作品も追いかけてみたいと思います。次はやっぱり「ターン」かな。「私」シリーズも遡ってみたいし・・・世の中に沢山いい本があるのに、一生のうちに読める本の数は限られているからねぇ・・・