ちりとてちん外伝「まいご3兄弟」〜藤本マジック〜

ちりとてファンが心待ちにしていたスピンオフドラマ「まいご3兄弟」が、BSで日曜日に放送され、女房と一緒に見る。感涙。

ちりとてちん」、というドラマのすごさ、というのは、張り巡らされた様々な伏線の絡み合い方も素晴らしいのだけど、何より、「軸がぶれない」ことと、「全てが腑に落ちる」ことだと思っています。ものすごい伏線を張りまくって、結局「えー?」というオチになる(オトすこと自体に失敗する)物語が多い中で、「ちりとてちん」の全ての伏線、全ての登場人物は、収まるところにきちんと収まっていく。

その「腑に落ちる」までのプロセスが、とても丁寧に書き込まれていくのだけど、そのプロセスで、全体の設定(人物の設定、場面設定、全体のコンセプトなどなど)の軸が決してぶれない。無理やり結論に持っていこうとして、「なんであの人が急にこんなことをやっちゃうんだよぉ」と思う物語が多い中で、「ちりとてちん」の世界では、一人ひとりが、さもありなん、という行動パターンから決して外れない。「こんなの『ちりとてちん』らしくない」と思う強引な展開が決してない。そういうしっかりした軸があるから、かなりベタベタな人情話でも、無理なく感情移入できて、無理なく感動できる。

「まいご3兄弟」の企画を聞いた時には、藤本有紀脚本への期待感もあったものの、よくある「スピンオフドラマ」のように、本編のVTRの編集に数分の追加映像をくっつけて・・・といった作りにならないかしら、という危惧もなかったわけじゃない。大体44分間という短尺の時間枠で、どこまで「ちりとて」ワールドが展開できるものなのか、そういう不安感があったのも事実。以下、ご覧になっていない方にはネタバレ情報が満載ですので、ご注意ください。
 
冒頭のつれづれ亭のシーンから、「四草会」という看板に既に伏線がある。今回のこのドラマの主人公が、四草さんだ、というのがここで明確に示されている。その前座ということで出てきた草々さんの枕が、しっかり落語家の枕になっていることにまず驚く。青木崇高さんという役者さんは不器用さが売りで、その不器用さ故に、お弟子の中では一番落語が上手、という設定だったのに、実際には一番下手だった、というのが本編の印象。それが、見事な間と抑制された所作で、落語家の語りを自分のものにしているのにびっくり。不器用な人こそしっかり研鑽して、技術を身につけていくのだ、という、「ちりとて」のテーマを一つ、青木さんご自身が役者として体現しているような、そんな驚き。

物語の舞台となる扇骨職人さんの家、というのが、44分のドラマのためだけに作られたとは信じがたいような、重厚な作り。大事な小道具になる柱時計から、隅々に無造作に積まれたずだ袋、九郎さんの足元に溜まった竹の削りカスまで、細かくリアルに再現された扇骨職人さんの家。途中の回想シーンで、ホンモノの職人さんの家がちらっと出てくるのだけど、そのホンモノと全く見分けがつかない。さすが、伊藤熹朔賞受賞の美術スタッフの意地の作品。

物語はほとんど、この扇骨職人さんの家で展開する。落語の「宿屋仇」をモチーフにした物語なのだけど、これはまさに舞台脚本。舞台上手に作業場があって、舞台下手側が3人が泊まっている部屋で・・・と、舞台作品になった時にどんなセットになって、どんなお芝居になるんだろう、と想像しながら見てしまいました。

「宿屋仇」をベースにしている、という時点で、上方落語をちりばめた「ちりとてちん」の世界の軸がしっかり通っている。加えて、舞台が扇骨職人、という、これまた本編の塗箸職人に通じる職人の世界。そして、大きなテーマになっているのが、「ちりとてちん」本編の大きなテーマだった「誰にでもふるさとはある」というテーマ。それは、冒頭、車の中で「ふるさと」が歌われている、という時点で既に示されているのだけど、要するにこれは、「ちりとてちん」本編のエッセンスをぎゅうっと凝縮した圧縮版ドラマなんですね。

重厚なセットの一部か、と見まごうような、どっしりした存在感を見せてくれたのが、田村亮さん。座りっぱなしで、動きがほとんどない役柄なのに、眼鏡越しの視線だけで、深い年輪を感じさせる演技。徳田尚美さんのちえ子さんは、最初のぎくしゃくした演技が?と思わせるのだけど、これも、この夫婦の微妙な関係の伏線になっている。でしゃばりすぎず、かといって基本の軽妙さを失わず、とてもいいバランスのご夫婦でした。

何より今回のお話では、主人公の四草さんの家族への思い、兄弟弟子さんたちへの思いが中心になっていて、そこでも軸が全くぶれていないことに感動。本編の四草さんと小草若さんの関係、そして何より、最終回での四草さんとチビ四草の関係と共鳴して、さらに感動が広がる。藤本さん自身が多分一番の思い入れのあった四草さんというキャラクターが、さらに深く掘り下げられていて、ちりとてファンにはたまらない物語となりました。12時の鐘が鳴った瞬間、全ての伏線がさぁっとほどけていく、その快感と「腑に落ちる」感じに、涙腺決壊。そしてエピローグの扇のエピソードがダメを押すわけだけど、ここで、「そうか、それで扇か」という納得も加わってくる。扇といえば、落語に欠かせない小道具。そして扇といえば、落語で「箸」として使われることが多い小道具ですよね。

滋賀県安曇川が扇骨の主産地だ、というのも初めて知りましたが、そういう取材や美術などの細かいところでも一切妥協せず、しっかり「ちりとてちん」世界を44分間に濃縮して見せてくれた、藤本マジックに心底感動しました。DVDボックスの3巻も到着したので、ここしばらく、我が家の「ちりとてちん」熱はおさまりそうにありません。