朝ドラと阪神タイガースの相似性について

相変わらず、「ちりとてちん」に親子ともどもはまっていて、DVDボックス?収録の回を全部見てしまうと、その続きが見たくなったり、また最初の週の回を見直したり・・・このところ、我が家で、「ちりとてちん」が流れていない日はほとんどないと言っていいくらい。

その一方で、うちの女房が言うには、今の朝ドラの「瞳」はすごく評判が悪いみたいだねぇ。歴代朝ドラの中でも評判の悪さが際立っているみたいで、色々と悪い話ばっかり聞く。私も短いシーンを少しだけ見たのだけど、無駄なセリフが一切なかった「ちりとてちん」に比べて、やけに浅薄なセリフだなぁ、という印象は持ちました。もちろん、ちゃんと通してみていないので、あんまり突っ込んだ評論は避けます。

でも、多くの人が、「朝ドラはやっぱり大阪制作のが面白いよね」という意見を持っているみたいで、なんとなく、東京という場所自体が持っている先鋭性が邪魔している部分ってないかな、という気がする。ものすごく飛躍した言い方をしてしまうと、NHK朝ドラと阪神タイガースの共通点、というか。

以前、阪神が優勝した年、錯乱状態で、この日記に、阪神タイガースというビジネスモデルは、大阪という都市自体の地盤沈下に伴って成立したものだ、という議論を展開したことがありました。東京という都市が経済的に成功し、日本の文化の先端を走るポジションを得た現在、既に野球というエンターテイメントそのものが、東京では成功し得ない。東京という「土地」に対する執着のない、根無し草の人々がごちゃっと集まって成立している大都会、東京では、「オレの出身地を代表する球団」という愛着という求心力が生まれ得ない。また、東京には、野球以外の様々な先鋭的なエンターテイメントが集中し、野球というエンターテイメントを、昭和を引きずった時代遅れのイベントに貶めてしまっている。

その結果として低迷する巨人戦の視聴率に対して、大阪という「地方」に根付き、東京への反骨精神からさらに求心力を持つ「阪神」というソフトは、未だに強力な集客力とブランド力を持っている。そのブランド力自体がこの球団を強くする。それと同じような構造が、大阪制作の「朝ドラ」を面白くしている要因って、ないかなぁ。

要するに、東京においては、既に「朝ドラ」というもの自体が、支持層を失った時代遅れの表現形態として捉えられている、ということ。表現形態に求心力がないから、制作にも力が入らない。それは東京におけるソフト制作力自体の低下を意味するのではなくて、例えば東京では、「ハゲタカ」のようなエッジの立った時代の最先端を行くドラマは作れるのだけど、もう「朝ドラ」という「歴史ある表現形態」の中で表現するもの、表現したいもの、がなくなってしまっている。

そう考えると、朝ドラ、昼ドラというジャンルで、関西制作のドラマと、東海テレビ=名古屋制作のドラマが頑張っていることと、野球の世界で、阪神タイガース中日ドラゴンズが強い、ということに、なんとなく共通項を感じてしまうのだね。「朝ドラ」「昼ドラ」という昭和的・伝統的な表現形態において、大阪や名古屋が強いことと、「野球」という昭和的エンターテイメントにおいて、大阪や名古屋が強いことの相似性。

「瞳」の失敗は、東京という地域の持つ求心力に頼って、月島という「土地」を選ぶ、という、ある意味「昭和的」なアプローチをとっておきながら、「里親」とか「ダンス」という、東京らしいエッジの立ったテーマを選んでしまった、というミスマッチのためのような気がします。大阪=落語、福井=塗箸、というコテコテの昭和的テーマを、ある意味「自信を持って」選びとることで、実は時代を超えた普遍的、かつ極めて先鋭的な表現を実現した大阪局と、何かしら現代性のあるテーマを盛り込もうと意気込んでしまう(あるいは、盛り込まないと視聴者を惹き付けられない、という強迫観念に捉われている)ことで、かえって自らの表現に限界をはめてしまっている東京局。いっそ、「あんどーなつ」のように、東京=浅草=和菓子、という、一種時代錯誤のように見えて、しっかり現代にも生きている職人さんと下町人情の世界を取り上げた方が、普遍性のあるいいドラマが出来るんだけど、そういう思い切りもない。それって、ホームラン至上主義とTV視聴率至上主義に自縄自縛になって、面白い野球ができない巨人野球と重なって見えないか?

あんどーなつ」の第一回も見たんだけど、これも中々いいドラマだねぇ。原作がしっかりしている、というのもそうなんだろうけど、ドラマならではの感動もあって、正蔵さんの独白なんか、三平師匠の記憶と重なって泣けた泣けた。リアリティのある和菓子の表現や、丁寧に描かれる菓子職人の技の見事さ、満月堂の店先のセットの歴史を感じさせる重厚さ、そして何より、脇役まで含めたキャスティングのバランスの良さ。さすが、ドラマのTBS、という真摯な姿勢が見える。しかし、貫地谷さんはそのまんまとしても、小朝さんの使い方といい、このドラマ、「ちりとてちん」を相当意識してるよねえ。きちんと作られたTVドラマだとは思うのだけど、なんか、「ナニワ金融道」の後の「カバチタレ」みたいな感じがしてならんなぁ・・・(例が悪いか)